岩井の本棚 「マンガけもの道」 第27回 |
いちにいさんしい、あわれな物もらい!超一流の物もらいこと「銭神」
(図1)
これで13歳
(図3)
油断もスキもない顔
(図4)
プライドのカケラもないがゆえに最強の男。カレー将軍と真逆
(図5)
物もらい界のイチロー
(図6)
下水界のイチロー
(図7)
ベンツはミラーが片方しかないのかな
(図9)
ノープライド、ローリターン
(図2)
ほとんどチンピラ
緩やかな回復がずっと続いているんなら、もうとっくに松屋の豚めしは450円くらいになってて、 もっと盛りがよくなっててもおかしくないのに、そんなことはもちろんないのです。
フリーターぽい兄ちゃんが豚めしの並だけたのんでアホみたいに紅生姜を山盛りにしてかっこんでたりとか、 持ち帰りで100円マックを一つだけ買って帰るOLとか見ると、なんだか切ない気分になってきますね。
そのくせ携帯代が月に2万とか、お金の使い方のバランスも何か歪んでいます。
ともあれ僕らが生姜焼き定食の豚汁変更やおかずWとかのボタンを躊躇ナシにガーッと押せるようになるのには、 まだまだ緩やかな景気の回復分が足りてない、ということなんでしょうかね。
日本が今よりもっともっと貧乏で、分相応な暮らし、 身の丈にあった生活水準で日々を生きていた時代は、それだけみなお金に対して真剣でした。
身銭を切るとか懐を痛めるとか、自腹を切る、という言い回しがあるように、 大切なお金を使うということはまさに自分の身を切ることに等しいのです。
それを実感させてくれるのが「銭っ子」。
このマンガ「番頭はんと丁稚どん」「あかんたれ」などナニワの商人をテーマにした脚本を数多く手がけた花登筐が原作のため、 カネにコスい人間が量り売りしたくなるくらい大量に登場。
読んでいるとカネ!カネ!でウンザリします。
作画はやはり大阪の貸本界で生活マンガを数多く描き、 ド貧乏描写に定評のあった水島新司。
こんなおとこ達がタッグを組むのですから、 値段を見ずにチャーシューメンを頼むようなリッチなマンガが生まれるわけがない! 当然のごとくセコさ充満の怪作となってしまいました。
物語はというと、リッチな家庭に生まれなに不自由ない生活を送っていたケンと妹の亜子が、 両親の死を機に、親戚に騙され無一文に。
親戚達に復讐したいケンは金の力でのし上がろうとする・・・という物語です。
それにしてもこのケンのすさみっぷりは凄く、初回登場時はこんな感じのお坊ちゃんでしたが(図1)、 中盤ではもうすでにこんなにすさみ(図2)、ラストではここまでヒドい人相になってます(図3)。
ラストのこの顔ちょっとデスノートのLっぽいですね。
なにがケンをしてそうさせたのか? それはケンとある男の出会いがそうさせた、といってよい。
その男こそ、僕の2006年上半期の「かっこいい男」暫定一位だったカレー将軍・鼻田香作を超えた男こと銭神です(図4)。
え?こんなこじき男が、あのスマートな鼻田香作よりもスゴいの?と訝しく思う貴兄も、最後には納得していただけると思います。
無一文となったケンが、元手がかからんからという理由でこじきになろうとするシーン(すでにこの段階でなにか間違っている気がする)が、 銭神とケンのファーストコンタクト。
お前のやり方で銭がもらえるか! と看破されるケン。
今からそれを教えてやる、俺の家にこい! という銭神。
物もらいに家があるのか、というケンのもっともな質問に、返す銭神のセリフが鋭い!
「物もらいも超一流になると大邸宅があるウヒヒヒヒ」(図5)
余談ですが、かの根本敬さんの著書「人生解毒波止場」にあったのですが、 根本さんといい顔のオヤジが話しているとき、オヤジの知り合いが通りかかり声をかけてきた。オヤジはこういったそうです。「いまの男はね、下水の大物なんだ」(図6)
さらに余談ですが、まんだらけの本店2でサブカルコーナーで、 スカトロのグラビア本を出したとき。値札にはこんな文句が書いてありました。「これであなたも糞尿博士」
「超一流の物もらい」ってこの「下水の大物」、もしくは「糞尿博士」みたいな感じですね。すごいのかすごくないのかサッパリ分からないという。 でも全否定は出来ない、何か惹かれるものがある・・・そんなフレーズですね!
しかし自分で自分を超一流というだけあって、 銭神はたしかにすごい大邸宅に住んでいた! 番犬はいるわお手伝いさんはいるわ、ベンツはあるわ(図7)。
なんかヤケにのっぺりしてるベンツですね。
銭神は屋敷や車以外でも2億は持っていると豪語。驚くケン。「二億! 物もらいが二億」。
メシをご馳走してやるとレストランに入る銭神。
しかし立派なスーツを着ている銭神と違いケンはこじきスタイルだから店に入れてもらえない。
(図8)
残飯主義者
(図10)
晴れてるほうがいいらしい
(図11)
ケータイ会社のサービス窓口とかで実際に言ってそうな
(図12)
大声でリズミカルに
(図13)
晴れやかにハキハキと
(図17)
ホント金の亡者
(図18)
マクドナルドとは逆の発想
のこったメシをイヌにやるから包んでくれと店員に頼む。 恨めしそうに待つケンにその残飯を渡して、銭神はいう。
「わしはこんな服を着たばっかりに高い金をだして飯を食った おまえはボロを
着ているから飯でもただで食べた・・・残飯でもわしの食ったものとおなじだ」
「きもにめいじておけ そこが・・・そこが物もらいのええとこじゃいウヒヒヒ」
(図8・9)
物もらいをやるからには徹底してプライドをすてろ・・・そしてプライドを持って物もらいに徹することで道は開けてくる。
何しろ銭神は物もらいの準備体操をしてるくらいです。このシーンが、何度読んでも最高に人をバカにしています!!
「おお〜っ なんとすがすがしい朝だ 物もらいびよりじゃのう」(図10)
「さーて本日もはりきって頭をさげるか」(図11)
「それには首の運動をしておかにゃ」(図12)
「いちにいさんしい あわれな物もらい」
「ごおろく どーぞおめぐみを」(図13)
「いちにいさんしい あわれなものもらい」
すごくポジティブな表情なんだけれども、めっさネガティブなセリフばっかを、 これ異常ないというくらいの笑顔をまじえてやりきるのがこの「物もらい体操」です。
「さーて本日もはりきって頭をさげるか」ってセリフが捨てきったプライドを感じさせますね。
豪邸がありながら、ケンにむしろを渡してこれで寝ろという銭神。カゼひくよというケンに対し
(図14)
ぼくは文無しですけどカゼひきます
(図15) |
(図16) |
「カゼをひくのは金持ちだ 銭なしもんはカゼはひかん」とにべもない銭神(図14)。
ちなみにこのムシロはこじきをやる上のマスト・アイテムで、 1・2・3巻の表紙(図15・16)、ぜんぶムシロかぶってます。3巻の表紙なんて、大金を手にいれたケンが、高級スーツの上にムシロを羽織ってますよ。
出世しようと忘れるな、こじきの日々を・・・という象徴的アイテムなんですかね。
妙にカッコいいのでマネしたくなるんですよムシロスタイル。
あと物もらいに必須のものが鉄鍋。
お金をもらう入れ物になるし飯の時には茶碗になる、 雨の時には帽子になる・・・鉄鍋とムシロさえあればどこでも営業できるのが物もらいのいいところですね。
(図19)
志村! 下、下!!
(図20)
ムシロで迷彩
(図22)
よくわからない「銭神だ」
(図23)
半坪で焼却場はムリ
(図25)
うふふふっ
(図26)
もう没落
(図27)
役者だと杉本美樹(仁義の墓場だと多岐川祐美)あたりの出番
(図28)
ケンかわいい
(図29)
行動力ありすぎな物もらい
(図31)
ほほを染めるケン
「こんな子どものおれからどうして金を取るんだ」とゴネるケンには「どアホ銭におとなも子どももない」「払わんかあ」(図17)。
ムスっとして払うケンには「なんだその顔は 同じ払うのなら笑え 笑うのに金はいらん」(図18)と笑顔を強要。 めちゃくちゃ大人気ないですね。
銭神とケンはつるんで物もらいをするようになり、やがてケンもいっぱしの物もらいへと成長。
しかし何をやっても銭・銭・銭の銭神に最後にはむしられてしまうのです。
ふとしたことで、ケンの手に新車の設計図が手に入った・・・それをタネに自動車会社から100万儲けようとするケン。
だが大人にだまされそうになり、1万で売らされそうになる・・・「一万なら売るなケン!」そこに銭神の声がした!
どこから声がしたんだ? キョロキョロする2人(図19)。
・・・ってどう見ても左下のムシロが怪しいんですけど・・・。
案の定ムシロの下から現れる銭神(図20)。
2人の小芝居ぶりもイイ!
その設計図はライバル自動車がすでにコピってるから紙切れの価値しかない、 と主張する自動車会社の重役。
それに対し以上に力強く、銭神はこういったのさ!!
(図21)
理屈云々を全てブチこわせる押し出しの強さが銭神の魅力
「じゃがこのわしにはそんなものはかんけいない」(図21)
カッコイイ!! シビレる!! 一度でいいからいってみてえ!!そんな衝動に駆られる一言です!!
結果銭神は100万どころか、その設計図をよそにも売り300万儲ける。
ケンにはご褒美で一万円だけホイ。まさに銭の神です(図22)。
では銭神はどうやって儲けているのかというと、 物もらいで稼いだわずかな小銭を貯め、それを株に投資。
株で投資した会社の前で物もらいをし、社員の会話や動向から今後の株価を予測。ネットトレーダーみたいですね。
負けの連続だったケンも、ついに銭神に勝つ日が来た・・・ 自分の寝泊りする土地たった半坪を銭神から買い取った瞬間・・・それがケンの勝ち目だったのです。
銭神の土地をまとめて買い上げてマンションを建てようとする銭神の仇敵に近づき、 たった2万5千円で買ったその半坪を4000万もの高額で売ることに成功するケン。
いやがらせ目的で、たった半坪に焼却場を作ってネズミやのら犬、人間を焼くと宣言するケン。クレィジーです、じつにクレィジーです(図23)。
(図24)
ありがとう銭神そしてさようなら
4000万を騙し取ったケンはもう立派な金持ちだから、これからは一人でやれ、という銭神の眼には涙が。
別れのせんべつを渡す銭神だが、 封筒には100円札がたった一枚しかはいってない・・・最後までケチな銭神、 だがそこにこそ銭道という修羅の生き方が表されていると感じ、 ケンも涙するのです(図24)。泣けるシーンですね。
そして1年が過ぎた。
大金を得たケンはすっかり気が緩み、何をやってもダメ。 デパートでいい服を買ってみたりして、ムシロの心を忘れてしまったのです。
「メリークリスマスだうふふふっ」なんて浮かれたりして(図25)。
左隅のジングルベールが写植でマヌケですね。
原野商法で騙されてみたり、個人商店を始めて、 金を騙し取った親戚が経営するスーパーマーケットに対抗するも策略に負け一文なしになってしまったり・・・4000万がたった一年でパア。
何をやってもうまくいかなくて、金策の話ばかり出てくるこのあたりの展開は、つらくてみてられないほどダークです(図26)。
ひたすら陰鬱。
しまいには妹が肺結核になって、部屋の隅でコンコン咳ばかりしている(図27)。
服装はというとネグリジェ一枚。
うつむき加減で空咳ずっとしてる妹・・・とにかく暗い。
60年代の増村保造映画かと思いましたよ。
せめてマンガ読んでるときくらい、 せせこましくみみっちい金策なんかとは離れたいものですが・・・これれっきとした少年誌の少年チャンピオンでやってたんですよ?
子どもたちは未来が暗くなるばかりの銭っ子読んで、何を思ったんでしょうかねえ・・・。
全くの文無しになったケンが、病気の妹に栄養を取らせるために最後に頼ったのは、 銭神からのせんべつでもらった100円札だった・・・金の大事さを身にしみて知るケン。
・・・と、そこに現れたのは、あの銭神だった! 文無しになったケンをおんぶしてあるく回想シーン、 銭の怖さと銭神のあたたかさが感じられて涙ですよ(図28)。
ラストはケンを騙した親戚の会社を銭神がテキパキと10ページくらいで乗っ取ってしまう。すごい乗っ取りテク(図29)。
ホリエモンだ村上ファンドだ? 超一流の物もらいにかなうわけないだろ!! ってカンジで盛り上がりますね。
会社をケンに渡そうとする銭神だが、銭に翻弄されたケンは、働いて地道に稼ぐのが一番だと悟り、妹を養うために走り出す・・・。 まあ一応はハッピーエンドなんでしょうかね。
(図30)
感動のラスト
ラスト「かえってこ〜〜い ケ〜ン」と叫ぶ銭神ですが(図30)、 老いてなお頑健でそういえば独身だし・・・なにかモヤモヤしたものを感じますなあ(図31)。
それでは最後にぼくのお気に入りの銭ポエムをどうぞ(図32)。
(図32)
つのだじろうぽい筆文字
「人間が月にいった みんな銭のおかげや」
・・・お金のせいで辛くなったらこのポエムを口にしましょう。「みんな銭のおかげや」をつけると、どんなに高尚な出来事も下品に聞こえるのがイイですね。
人間が月にいった、の部分はどんなセリフにも変更出来るから汎用性がありますよ。
「デスノートは神作画 みんな銭のおかげや」とかね。
「銭っ子」は絶版で現在読むのは困難ですが、比較的秋田コミックスセレクト版が手に入りやすい・・・かも。
ほかにも水島新司作品は本店にて取扱いしております! 中野店にお寄りの際はぜひ本店/本店2へお越しください。
※この記事は2006年10月14日に掲載したものです。
(担当岩井)