岩井の本棚 そらで描く 第1回 |
「スネ夫のママ」
人間が物事を記録するために使う脳細胞は脳内に十数億個もあるけれど、1日に十万個単位で減少していく・・・という話をコドモの頃に聞き、なんだかすごく怖くなったことがあります。
体力や知力のようにやがて絶頂期がこれからくるという期待感とはちがい、
記憶力はもう、現段階からあとは下がるだけ、衰えていくだけ…という
「人間は劣化するもの」という動かしがたい事実を突きつけられたからでしょうか。
それからというもの記憶はしておいて損はないとばかりに昆虫の名前やら怪獣の名前やらを覚えるために、
小学校のあいだは図鑑マニアになってしまいました。
それがオタクの第一歩だったのかもしれません。
実際幼少期の記憶はたいしたもので、この頃に読んだマンガの印象的なシーンは
今でもなにか「きっかけ」があれば、すらすらと思い出すことが出来ます。
しかし最近はもういけません。覚えてるつもりなだけで、実際はかなりウロ覚え
だったことがわかってきました。ああ、劣化しているなオレ、と。
このコーナーをはじめるきっかけは「馬超」(三国志に登場する武将)でした。
マニア館の国澤さんと三国志の話題になり、いま読んでるところで馬超が出てきたというのです。
「馬超? こんなやつでしょ」
とスラスラ〜ッと描いてみたのがコレです。
光栄版でも横山版でも、馬超といえば自信マンマンの目つきと龍の鎧カブト。
これはなんですか。ワニに頭をかじられて喜んでいるように見える。
いやそうじゃない、沢野ひとしの絵みたいですね。
椎名誠のエッセイの片隅にこんな絵が入っていても不思議じゃありません。正しくはちなみにこう。
逆に、記憶がハッキリしていても、筆先で再現するのはどれだけ困難なのか?
脳内のモヤモヤは、筆先で再現できるものなのか?
まんだらけ的なアプローチで、誰もが知っているお題を据えつつ、それを追求していこうと思います。
いうなればマンガにおける視力と、記憶力の精査です。
第1回は
「スネ夫のママ」。
ルールとしては
- 事前に実物の絵を見ない
- 見たことがないものは描かせない
さっそくスタッフに描いてもらったところ、かなりおぼろげ、というか相当に不明瞭でした。
なんらかのカタチでマンガやアニメに携わる仕事の我々です。
世間一般よりはもちろん、キャラクター全般に触れているはず、なの、です、が・・・。
この有様。
この惨状です。
なんていうんだろう、なんだか大変まちがったコーナーを作ってしまった気がしてきた。大丈夫だろうかコレ。
気を取り直して、ここで深呼吸。はあ。
・・・字面で説明すると、スネ夫ママには以下の特徴があります。これを押さえていればいいわけです。
- 基本的にスネ夫の発展系
- ツリ目、パーマ、トンガリ口
できましたか? では症例を見ていきましょう。
スネ夫の特徴をおさえれた人
スネ夫自体はわりにみな描けるので、じゃあそれを女風にアレンジすればいいんだ、という方向で考えた人が多数です。一番最初に描いてもらったもの。
これは「スネ夫のママ=教育ママ」もしくは「カネ持ち」がイメージとして強かったからかもです。
パーマ、トンガリ口、後ろ髪のハネ具合といったポイントは押さえていますね。
だけれど金持ちそう、つまり「ざーます感」がない。このママは豆腐の特売のときに6丁くらいまとめ買いしそうですね。
なぜかというと植田まさし系?といえるホンワカ4コマの匂いがするからでしょう。鼻から口のラインがソレっぽいです。
だけれどスネ夫の髪型のままパーマをあてたので、なんだかツッパリ風になってしまいました。
ツリ目でもないのでなんだかうれしげで愛想よさそう。
ほらアレです、地方都市のパブとかにいそうな、話好きのホステス。金持ち感はゼロですね。
大多数の人が「スネ夫のママ」だと説明なくいえるのではないでしょうか。
口が閉じているのがスネ夫感を高めてますね。
脳内記憶の圧縮はできたが、解凍が出来なかった人
今までの人はスネ夫もしくはスネ夫ママの記憶をきちんと圧縮+解凍できた人ですが、こっからは圧縮ができても解凍が出来なかった人です。
いつのまにか赤塚キャラのイヤミになってしまった。これは詐欺師ですね。
ていうか奥さん相手の訪問販売員です。油断ならない感はピカイチですね。
ツリ目と「とんがったメガネかけてる」を混同した人がすごく多かったのですが、スネママはメガネかけてないんですよ。
しかもどっかで「マカロニほうれん荘」テイスト(あごのライン)が混ざってしまっています。
トンガリメガネを黒く塗りつぶすときに「これじゃサングラスだろ」と自分ツッコミせずに
塗りつぶしたのでしょうか。ママを描けといったのに。
作画者に「スネ夫は甘やかされて育っているので、このままだと不良の道を歩む」という強い危惧でもあったのかもしれません。
口が大きい、長谷川町子とか鈴木義司系ですね。この人は夕食に焼き魚とか煮物ばっかり出して、
子どもから「お母さん、今日はお肉にしようよー」などと泣き言を言われるタイプです。
あと人の悪口も好きそうだ。テンションは高そうですね。
解凍中に、うっかり別のことを考えてしまった人
市民団体系から出馬して落選したカンジですね。もうぜんぜん他人の意見聞く気がありません。
クルマのヘッドライトみたいなメガネも硬質感アップです。
これはもうただの西洋野菜、たぶんチコリです。
圧縮も解凍も出来てないのに、むりやりプリントアウトした人
しかしひょっとしたら身近に「橋本脛男」とか、実在するすねおさんがいて、その人の母親の模写なのかもしれません。
ドラえもんに出てくるスネ夫の・・・とはさすがに伝えなかったので、可能性は否定できません。
「ミネラル麦茶」の人みたいに目がでかすぎてコワイです。
圧縮と解凍は良好だったのに、プリンタがUSA製だった人
胸のネックレスにはでっかい緑色の宝石がついてると思う。
でもそれでいて髪の毛に井の字形の文様が入っているのは植田まさしの、口の形には滝田ゆうの影響もみえます。
圧縮と解凍は良好だったのに、FM-77用のドットプリンタがまちがえて接続されていた人
ディナーショウが主な収入のスベになっている、夜の匂いプンプンの演歌歌手みたいな雰囲気ですね。
肩のでてるキラキラ系のドレスとか、フツーに着そうだ。ちょっと色っぽい目つきです。
・・・とここまではまだお互いの意思の疎通ができそうなのですが、こんなのが渡されたときは、心底ビビりました。
普段仲良く話していた人が、こんな怖い絵を描く人だったのかと思うと、これから交わす言葉が減りそうです。
圧縮とか云々以前に、描いた人が大正生まれだった
すでにスネ夫でもないしママでもないし、ていうか人間の顔なのかどうかも疑問です。
実は白色レグホンとか烏天狗を描いた、といわれても納得するかもです。
老人はおおむね、もう何事も「だいたい」とか「調子のいいときに」とか
「そのうちに」というあいまいな言葉で何事も片付けてしまいます。
これは「おおむね、だいたい、雰囲気的に、なんとなく、スネ夫?のママっぽい、人みたいなもの」くらいの遠さでしょうか。
ただ不思議なのは、僕の同僚にたしか大正生まれはいないはずなのですが。
「スネ夫のママ」と伝えたはずが、当人には「将軍KYワカマツ」と伝わっていた
でないとこの別人ぶりは説明がつきません。某将軍様にも似てますね。
もしきちんとお題が伝わっていたとしたら、真正面からスネママを描こうとしたチャレンジングな作品になります。
実は正面から描いたのは一人だけでした。
この出来ぶりなのに本人はなぜか自信満々、すごい勢いでシャシャシャと描き上げ、颯爽と去っていったのが印象に残ります。
ちなみに描いてくれたのは本店の竹下さんです。
幼少期に親の愛情を注がれなかった人が描いた「スネ夫のママ」
横にすると左右対称でクールです。マニア館のKさんは「ヤマタカアイが描いた絵みたいですね」といってました。
ヤマタカアイどころか、描いてくれたのはフツーの好青年ですが、なんだかものすごくヤバいものをサラッと描いたのでビックリしますね。 かつてジミー大西がEXテレビで上岡龍太郎にそそのかされて絵画の道にすすんだように、この絵から何か生まれたらいいのに。生まれないですね。
余談ですがヤマタカアイといえば、個展を開催中に、氏の作品が100点以上も盗難にあう事件がありました。
ところが犯人が宅配便で作品を返却してきた。
箱の中には、作品と一緒に、叶姉妹の写真集と、なぜか石森章太郎の回顧録「トキワ荘・春」が入っていた・・・というのがメチャクチャ忘れられません。 なぜに石森章太郎、しかもウエットな「トキワ荘・春」?
まあそんな余談はいいとして、解答はこれです。
ついでに、僕の描いたのがこれ。
云うと描くのでは大違いですね。
次回のお題は「まいっちんぐマチコ先生」です。お楽しみに!
※この記事は2007年8月15日に掲載したものです。
(担当岩井)