宇宙全史

麦茶

2018/5/16 No.3576

虚空蔵55様

ご返答いただきありがとうございます。

ぼんやりと疑問に感じていた部分を分かりやすくご説明いただけて、非常にありがたいです。

おっしゃるような、「この世を楽しむだけの力もないので、欲望や快楽をあきらめてしまっている」状態にまさになっています。
以前友人から「あなたは知識欲がないよね」とか「あなたは他人に興味ないでしょ」と言われた事があって、それも自分がこの世を楽しもうとしていない現れなのかなと思います。
そういう気分が高まる、ネガティブな気分になる時にそれを突き詰めて考えたことがあったのですが、
「では何のために生きているのか」
「生きていたくないな」
「守護霊様や守護神様に申し訳ないな」
という思いとともに、虚空蔵55様がおっしゃられているように
「そもそも何故この世を捨てていかなければならないのか」
という疑問に行き着きます。
それはエゴの本にて拝読できるとのことで、出版される日を心待ちにしております。

神々のお話が出てきましたが、以前の自分へのご回答をいただいた中にも神様のお話を頂戴したことがありました。
そこも詳しくエゴの本にあるのならばそれも興味深いです。
「感情」とは、「共感」とは…
今の自分には説明するだけの材料すらない言葉のように思います。
エゴの本にて詳しく知れることを楽しみに、
日々の中では感謝を忘れずに、
そして楽しむことをあきらめてしまっている状態をこれから自分でどうしていこうか、考えていきたいと思います。
貴重なご指導、ありがとうございました。

2018・4・26

RIE

2018/4/28 No.3575

虚空蔵55さま みわさま 月読之大神さま

こんばんは。
私の長い質問に、丁寧にお答えして頂き、ありがとうございました。回答が大変、興味深くもあり、また新たに謎が出てきたので、質問と確認をさせてくださいませ。


@通常の集合魂のルールは、前世の派遣と今世の派遣では、特徴は引き継がないというのが一般的。しかし、芸術家や音楽家の集合魂のように一種の専門分野を極めようとする人々は引き継ぐこともある。私や母の場合も、そのような集合魂という受け止め方で良いですか?


A今回の回答で、私の集合魂は「オリオン星系」とのことでしたが…以前には、プレアデス星系から来ていると書いて頂いています。ちょうど、2016年の暮れから2017年初頭あたりの質疑応答だったと思います。以下


>実はあなたも宇宙人なのです。ただNさんと異なりあなたは約1億年前に地球に降りてきているプレアデス系の宇宙人です。

>惑わせてしまったのは私のせいで、OSさんは立派なイルプロラシオン(という惑星出身)ですが、あなたはイルプロラシオン星系ではあるのですが、プレアデスの影響が強いところから来ています。イルプロラシオン星系は結構広い星系で、どこからどこまでがという具合にキッチリと分けることが中々難しいところです。

>ですからイルプロラシオンの特徴である「支配されたい」という観念に強く凝り固まった魂ではなく、もう少し自由な「探求したい」という比重が大きい魂です。


という内容でしたので、私は当初、伝えて頂いていたイルプロラシオンではなくプレアデスなのだなと理解しておりました。ですが、今回の回答ではオリオン星系。これは、どう、捉えたら良いのだろうか?と思っております。出自の星と地球の6次元での集合魂というのは、また違ってくるものなのでしょうか?


B今回、オリオンの傾向として書いて頂いている

>オリオンは良くも悪くも外見を気にします。それもものすごく。人にどう思われるか、どう思われるかの自分を真っ向からイコールにしたいという、自分のプライドと世間体を同等にしたいという傾向性が強いのです。


文体だけをそのまま受け止めた時、これは、私の形質なのか?と何度、熟考してみても、私の中には限りなく無いに等しいものだと思えたのです。確かに、見栄や外見、ブランド、世の流行りを求めることも、グルメもファッションも女子的発想にも興味はなく、それはその通りです。


明確にあるのは、時代が大きくシフトしている今、ご縁ある方の魂が、少しでも盲目状態から目覚め、新たな善き時代の地球へと移行して頂くために、魂の進化成長に貢献できる在り方が、どうしたらできるのかという、私が自覚している志を成すことと


同時に現状、協会を運営、継続させるという責務もある以上、プライドと世間体を同等にしたいというよりも、その役割も踏まえ、人々に「どう分かりやすく、効果的に見せたら良いのか」という「見せ方」を一生懸命、考えることはあります。


私個人の根底に在るのは、人は人、私は私。人と比較したり、世間に合わせ、世間体というものを気にすること自体、愚かで、そういう観念が進化を阻むのだと常に思えている位なのです。


とはいえ、私には観えていない視点で観ておられると思うので、月読之大神さまと虚空蔵55さまとがおっしゃる、きらびやかな美意識というのは、こういった私の思考そのものを指す、ということなのでしょうか?


C私が最も理解できたのは、宇宙全史の講師の認可を出して頂いているのは「押しつけがましい」ところと書かれたくだりでした。笑ってしまいました^^。これは、通称「辛子レンコンラブ」のことだと思いました。うちの協会では誰もが知る、文化のようになっています。こちらも、私の以下の有り様のことなのか確認させてくださいませ。


18年以上前位だったと思いますが、ある時、私は「不動明王」の有り様で生きようと決めたことがありました。今もその時、決めた有り様で生きているといえます。不動明王が、押しつけがましいかどうかは分かりませんが…


実は、そう決める以前は「聖母マリア」を理想としてかかげ、ヒーリングやセラピー、カウンセリングをやっていました。現在の私を知っている人に話すと、皆、笑うのですが、その時の屋号は「ふろ〜ら〜る、ひ〜りんぐ」で、私の本来のエネルギーとは、かけ離れた、やわらかい、ひらがな名でした。


当時の私は、ヒーラーとは「聖母マリア」のようなイメージであり、どんなクライアントさんに対しても「共感」「寛容」「愛」「癒し」「調和」「ひたすら受け止める」をモットーにやっていました。しかし、それをやればやるほど、魂胆がある男性や、いつまでも依存する人、被害者意識で言い訳ばかり言う人を引き寄せて、理想としていた魂の癒し、進化成長とはならず、経済的にもイマイチで、私自身が疲れ果てました。


人の痛みや人生における苦しみは、根源的に、その人が観ないといけないものを気づかせんがために事象として浮上していると分かってきていたのですが、ヒーラーは、私の中で「優しくあるべき」のイメージが強くて、勇気を持って、目の前の人に、そのことを伝えるだけの術も、言葉も、覚悟も、当時は持ち合わせてはいませんでした。何より、私自身が自分に全く、正直ではなかったのです。


ある時、はたと、これまでは全部、私自身の学びで、私は聖母マリアのエネルギーではなく、人々の煩悩を炎で焼き尽くすことで愛を現わす「不動明王」のエネルギーのほうにこそ、近い気がする、聖母マリアも不動明王も、それぞれの愛の現れ方が違うだけならば、私は「不動明王」の有り様で生きる方が、私らしい。であるならば、そっちを選ぶ、と決めたのです。


自分に不正直な在り方をしていた、ヒーラーやカウンセラーは辞め、屋号も「キャリア・プロデュース」に即、変えました。言いたいこと、伝えたいことを言わない人ではなく、魂の進化成長において、もっとも大事だと思うことは、例え、相手に嫌われようとも、その縁が一期一会になったとしても、その人が後に振り返った時、気づきとなるインパクトとしての価値を、伝えられる人で在れればいい。


そう思い、更に、自ら温めていた内容をテキストにして、トータルバランスセラピスト養成講座を開き、志事の路線も講師やコーチ、個人コンサルに変えました。全国を飛び回るようになり、それからOS先生に出会い、更に様々な経験や事象から学び、ステージアップを繰り返し2014年には協会を創って今に至っています。


麦茶さんが書かれていた「共感」や「優しい言葉を求める」のが今の世の主流とするならば、私は、その耳心地の良いものだけを求めすぎる根底にあるものを観て!というようなことを言うので時に、冷たい人とか、強すぎると、思われるのかもしれません。


不都合な出来事が起こると、周りに共感だけを求め、観ないといけない自分自身から、目を背け続ける世の中の人々の傾向に合わせるよりも、不都合に満ちた、この時代を選んで生れた魂達がレベルアップする為に、些細であっても、何らかの礎となり、学びとなり、インパクトになれたら本望だ位に思えているのです。


これが日頃ベースとして思う思いで「不動明王」の如く在る「辛子レンコンラブ」なのですが、このような、押しつけがましい在り方が、月読之大神さまから観たら宇宙全史の講師として認可して頂けている所以でもあると、受け止めて良いのでしょうか?


D最後にもうひとつ
「視点が逆転しつつあるのは、いいことじゃやない」についてなのですが、もしかしたら、ニュアンス的に、違う意図で受け取られて回答を頂いているのかも…と感じましたので、改めて、確認させてくださいませ。下記に書かせて頂く意図も、了承済みのことでの回答でしたら、申し訳ございません。


私に浮かんだ「今、ようやく人類の意識の探求の扉の前に立った…」というインスピレーションから受け取った言葉の意図は、どっぺんさんのように、日々、瞑想され、実存の領域を目指し、そこに到達していくことでの探求ということを、意図したことではありませんでした。


先に、いろいろ書かせて頂いたように、私自身の自覚している役割を成していくための幅として、ステップアップとして、目に見えるものも人生も、全てが、ひとつの意識の源「I am that」という創造性の意識から出来上がっているのだと
理解した時、人間の無自覚領域にある意識を探求し、何らかの論理やコンテンツ、スキルやワークを構築していきたいという思いに結びついたものでした。


多くの人が、より良く変わりたいと表面意識でいくら願っても、それを阻む「無意識の根底にある、強固に根付いている何らかの負の信念や思い込み、透明なエゴ」に、気づくことができないと、表面上の意識で何を学んでも、選択しても、


辛子レンコンをいくらしても、結局は、その根底にある強固なエゴや信念が人生全般、見えない領域にさえも影響し、現実を作ってしまうと認識しています。だからこそ、祈りなのだとも理解しています。


あまりに強固な根底にある負の信念を持つ人は、祈りさえもままならない。しかし、同時に、現実の不都合を通じ、その根底にあるものを深堀り、浮上させて、選び直す、その論理と術を見出せば、もっと楽に、人はより良い変化への気づきが進むのではないかと、その時に、思えたのです。


そこから現実が、上手く行かない人の、根底を探れば探るほど、陰始の毒矢にかかったような、自己を破滅させたいというニュアンスを持つ、無自覚の思いがある人も多いように思わなくもないと気づきました。各々、それを自覚したならば、自分では、どうしようもない愚かさに、人は真剣に祈り、自覚したエゴを薄めようと努力するのではないか…と。


この約4年で、因果律からなる「人生の地図」と新たな時代への方向性を、分かりやすくNE運命解析学として創ったのですが、今度は、因果律から解放される為の「具体的な地図の歩き方」を探求できれば…という意図でもあったのです。このように意図したことは「視点が逆転しつつある、いいことじゃない」ということになりますか?


相変わらず、長文になってしまい、すみません。思いの丈を書くと、どうも、毎回こうなってしまいます。お手数かとは思いますが、どうぞ、よろしくお願い致します。


世界が平和でありますように
私たちの天命が全うされますように…
月読之大神さま
五井先生、慈悲の無い世界で
慈悲を、いつもありがとうございます。

2018・4・27

@通常の集合魂のルールは、前世の派遣と今世の派遣では、特徴は引き継がないというのが一般的。しかし、芸術家や音楽家の集合魂のように一種の専門分野を極めようとする人々は引き継ぐこともある。私や母の場合も、そのような集合魂という受け止め方で良いですか?


●アーティストの集合魂は一種の精霊のようなもので、地上での輪廻からは少し外れたところにある者たちです(精霊っぽくない者もおりますが)。
もちろんそれでも地上に降り立つ限りはその制限(輪廻)の輪の中に取り込まれてしまいますが、それでもエネルギー量の多さから人の魂ほどがんじがらめになることはないようです。
あなたの場合はそういう魂ではなく、一定の天命をお持ちですが、通常の集合魂として地上での修業は存在しています。



A今回の回答で、私の集合魂は「オリオン星系」とのことでしたが…以前には、プレアデス星系から来ていると書いて頂いています。ちょうど、2016年の暮れから2017年初頭あたりの質疑応答だったと思います。以下


>実はあなたも宇宙人なのです。ただNさんと異なりあなたは約1億年前に地球に降りてきているプレアデス系の宇宙人です。

>惑わせてしまったのは私のせいで、OSさんは立派なイルプロラシオン(という惑星出身)ですが、あなたはイルプロラシオン星系ではあるのですが、プレアデスの影響が強いところから来ています。イルプロラシオン星系は結構広い星系で、どこからどこまでがという具合にキッチリと分けることが中々難しいところです。

>ですからイルプロラシオンの特徴である「支配されたい」という観念に強く凝り固まった魂ではなく、もう少し自由な「探求したい」という比重が大きい魂です。


という内容でしたので、私は当初、伝えて頂いていたイルプロラシオンではなくプレアデスなのだなと理解しておりました。ですが、今回の回答ではオリオン星系。これは、どう、捉えたら良いのだろうか?と思っております。出自の星と地球の6次元での集合魂というのは、また違ってくるものなのでしょうか?


●宇宙全史における情報開示には様々なパターンがあります。
単純に私の勘違いもたまにありますが、大体は開示基準というのがありまして、その人の進度に応じた開示が行われています。

例えば私の場合、私の本体が遊撃手だと明かされたのはこのワークの中頃より後だったはずです。
それまでは非公開情報でもお馴染みの私の受け持ったカルマとのあがきが象徴していますように、私は「魔導師」そのものだったはずです(厳密にいいますとすでに五井先生が入っておられたので100%ではなかったのですが)。
しかし私の境涯が変わっていくと遊撃手という正体が明らかにされ、現在では更なる在り様も徐々に降ろされています。
(例えば何年か前にここで虚空蔵菩薩(アカシックレコードの神格版ですが)の眷属の白蔵という存在が私についていると書いたことがありましたが、この白蔵は虚空蔵の五色の有様の白、赤、青、黄、黒の中の法界虚空蔵という森羅万象を縦横無尽に包括する者、それが白蔵という存在になります)

あなたの場合も同じで基点はオリオンですが、イルプロラシオンはもちろんプレアデスの要素を学びの過程で受けています。
当時は大きく影響を受けているイルプロラシオンとプレアデスの気配が強くオリオンの要素は発現していなかったので降ろされていません。
人は魂の成長過程での深度や練度によって奥底に秘められた発現しない要素を明らかにすることでまた一層の飛躍を遂げることが可能となるのです(もちろん人にもよりますが)。



B今回、オリオンの傾向として書いて頂いている

>オリオンは良くも悪くも外見を気にします。それもものすごく。人にどう思われるか、どう思われるかの自分を真っ向からイコールにしたいという、自分のプライドと世間体を同等にしたいという傾向性が強いのです。


文体だけをそのまま受け止めた時、これは、私の形質なのか?と何度、熟考してみても、私の中には限りなく無いに等しいものだと思えたのです。確かに、見栄や外見、ブランド、世の流行りを求めることも、グルメもファッションも女子的発想にも興味はなく、それはその通りです。


明確にあるのは、時代が大きくシフトしている今、ご縁ある方の魂が、少しでも盲目状態から目覚め、新たな善き時代の地球へと移行して頂くために、魂の進化成長に貢献できる在り方が、どうしたらできるのかという、私が自覚している志を成すことと


同時に現状、協会を運営、継続させるという責務もある以上、プライドと世間体を同等にしたいというよりも、その役割も踏まえ、人々に「どう分かりやすく、効果的に見せたら良いのか」という「見せ方」を一生懸命、考えることはあります。


私個人の根底に在るのは、人は人、私は私。人と比較したり、世間に合わせ、世間体というものを気にすること自体、愚かで、そういう観念が進化を阻むのだと常に思えている位なのです。


とはいえ、私には観えていない視点で観ておられると思うので、月読之大神さまと虚空蔵55さまとがおっしゃる、きらびやかな美意識というのは、こういった私の思考そのものを指す、ということなのでしょうか?


●例えそれが煌びやかなオリオンの美意識であろうとなかろうと「エゴ」には変わりはないのです。
しかしそれを俯瞰するにはまだまだ精進がいるようです。
それが高校生と大学生の大きな差なのですが。

そしてそれにこだわる限り精神世界の大学という課程には進めないということになりますが、地上を含むこの宇宙の「形の世界」「現れの世界」で生きていきたい、嫌なことも悪いこともあるだろうけど、もっとこの世界を探求してみたいし、もっと楽しみたいというのならもちろんそれもありです。

この問題は時を待たざるを得ません。



C私が最も理解できたのは、宇宙全史の講師の認可を出して頂いているのは「押しつけがましい」ところと書かれたくだりでした。笑ってしまいました^^。これは、通称「辛子レンコンラブ」のことだと思いました。うちの協会では誰もが知る、文化のようになっています。こちらも、私の以下の有り様のことなのか確認させてくださいませ。


18年以上前位だったと思いますが、ある時、私は「不動明王」の有り様で生きようと決めたことがありました。今もその時、決めた有り様で生きているといえます。不動明王が、押しつけがましいかどうかは分かりませんが…


実は、そう決める以前は「聖母マリア」を理想としてかかげ、ヒーリングやセラピー、カウンセリングをやっていました。現在の私を知っている人に話すと、皆、笑うのですが、その時の屋号は「ふろ〜ら〜る、ひ〜りんぐ」で、私の本来のエネルギーとは、かけ離れた、やわらかい、ひらがな名でした。


当時の私は、ヒーラーとは「聖母マリア」のようなイメージであり、どんなクライアントさんに対しても「共感」「寛容」「愛」「癒し」「調和」「ひたすら受け止める」をモットーにやっていました。しかし、それをやればやるほど、魂胆がある男性や、いつまでも依存する人、被害者意識で言い訳ばかり言う人を引き寄せて、理想としていた魂の癒し、進化成長とはならず、経済的にもイマイチで、私自身が疲れ果てました。


人の痛みや人生における苦しみは、根源的に、その人が観ないといけないものを気づかせんがために事象として浮上していると分かってきていたのですが、ヒーラーは、私の中で「優しくあるべき」のイメージが強くて、勇気を持って、目の前の人に、そのことを伝えるだけの術も、言葉も、覚悟も、当時は持ち合わせてはいませんでした。何より、私自身が自分に全く、正直ではなかったのです。


ある時、はたと、これまでは全部、私自身の学びで、私は聖母マリアのエネルギーではなく、人々の煩悩を炎で焼き尽くすことで愛を現わす「不動明王」のエネルギーのほうにこそ、近い気がする、聖母マリアも不動明王も、それぞれの愛の現れ方が違うだけならば、私は「不動明王」の有り様で生きる方が、私らしい。であるならば、そっちを選ぶ、と決めたのです。


自分に不正直な在り方をしていた、ヒーラーやカウンセラーは辞め、屋号も「キャリア・プロデュース」に即、変えました。言いたいこと、伝えたいことを言わない人ではなく、魂の進化成長において、もっとも大事だと思うことは、例え、相手に嫌われようとも、その縁が一期一会になったとしても、その人が後に振り返った時、気づきとなるインパクトとしての価値を、伝えられる人で在れればいい。


そう思い、更に、自ら温めていた内容をテキストにして、トータルバランスセラピスト養成講座を開き、志事の路線も講師やコーチ、個人コンサルに変えました。全国を飛び回るようになり、それからOS先生に出会い、更に様々な経験や事象から学び、ステージアップを繰り返し2014年には協会を創って今に至っています。


麦茶さんが書かれていた「共感」や「優しい言葉を求める」のが今の世の主流とするならば、私は、その耳心地の良いものだけを求めすぎる根底にあるものを観て!というようなことを言うので時に、冷たい人とか、強すぎると、思われるのかもしれません。


不都合な出来事が起こると、周りに共感だけを求め、観ないといけない自分自身から、目を背け続ける世の中の人々の傾向に合わせるよりも、不都合に満ちた、この時代を選んで生れた魂達がレベルアップする為に、些細であっても、何らかの礎となり、学びとなり、インパクトになれたら本望だ位に思えているのです。


これが日頃ベースとして思う思いで「不動明王」の如く在る「辛子レンコンラブ」なのですが、このような、押しつけがましい在り方が、月読之大神さまから観たら宇宙全史の講師として認可して頂けている所以でもあると、受け止めて良いのでしょうか?


●あなたがここの講師を務められているというのはそういうことではありません。
あくまでも陰始の影響をあまり受けていないという一点に尽きるのです。
どんなやり方、どのような教え方でもそれはその人それぞれです。
もちろん一定水準の立場にないと講師にはつけませんが、それでもそこに立つことが出来るかどうかはひとえにその人の陰始度の薄さによるのです。

「押しつけがましい」というのはオリオンの有様で、どちらかというとエル・ランティに似ていないこともないですね。
あれはすごいですよ…豪華絢爛で煌びやかですが…あなたの煌びやかはそういう物質的なところではないのですが。
またあんなに陰始にがんじがらめにされてはいませんが、独特の美意識をお持ちだという点は同じかもしれません。
何といいますか「こういうやり方でないとダメ」という感じでしょうか。


D最後にもうひとつ
「視点が逆転しつつあるのは、いいことじゃやない」についてなのですが、もしかしたら、ニュアンス的に、違う意図で受け取られて回答を頂いているのかも…と感じましたので、改めて、確認させてくださいませ。下記に書かせて頂く意図も、了承済みのことでの回答でしたら、申し訳ございません。


私に浮かんだ「今、ようやく人類の意識の探求の扉の前に立った…」というインスピレーションから受け取った言葉の意図は、どっぺんさんのように、日々、瞑想され、実存の領域を目指し、そこに到達していくことでの探求ということを、意図したことではありませんでした。


先に、いろいろ書かせて頂いたように、私自身の自覚している役割を成していくための幅として、ステップアップとして、目に見えるものも人生も、全てが、ひとつの意識の源「I am that」という創造性の意識から出来上がっているのだと
理解した時、人間の無自覚領域にある意識を探求し、何らかの論理やコンテンツ、スキルやワークを構築していきたいという思いに結びついたものでした。


多くの人が、より良く変わりたいと表面意識でいくら願っても、それを阻む「無意識の根底にある、強固に根付いている何らかの負の信念や思い込み、透明なエゴ」に、気づくことができないと、表面上の意識で何を学んでも、選択しても、


辛子レンコンをいくらしても、結局は、その根底にある強固なエゴや信念が人生全般、見えない領域にさえも影響し、現実を作ってしまうと認識しています。だからこそ、祈りなのだとも理解しています。


あまりに強固な根底にある負の信念を持つ人は、祈りさえもままならない。しかし、同時に、現実の不都合を通じ、その根底にあるものを深堀り、浮上させて、選び直す、その論理と術を見出せば、もっと楽に、人はより良い変化への気づきが進むのではないかと、その時に、思えたのです。


そこから現実が、上手く行かない人の、根底を探れば探るほど、陰始の毒矢にかかったような、自己を破滅させたいというニュアンスを持つ、無自覚の思いがある人も多いように思わなくもないと気づきました。各々、それを自覚したならば、自分では、どうしようもない愚かさに、人は真剣に祈り、自覚したエゴを薄めようと努力するのではないか…と。


この約4年で、因果律からなる「人生の地図」と新たな時代への方向性を、分かりやすくNE運命解析学として創ったのですが、今度は、因果律から解放される為の「具体的な地図の歩き方」を探求できれば…という意図でもあったのです。このように意図したことは「視点が逆転しつつある、いいことじゃない」ということになりますか?


●まずあなたの誤解から説明しておきます。

人の無意識領域=真我(実存)

ではありません。
人の無意識領域は単に人が意識していない(出来ない)領域に過ぎず「意識していない領域」はその人により様々です。
極端にいいますと無意識という領域を知らない存在さえいるのです。
ちょっとわかりにくいかも知れませんが、立場によって無意識の領域というのは存在しなくなります。

つまり無意識領域というのは努力すれば(あなたの仰るように)そこから様々なものを持ってくることは出来ますが、不可知領域である真我(実存)からは何ものも持ってくることなど出来ないのです。

真我(実存)という領域は「人間の無自覚領域」というようなものではなく、そういう領域すらも遥かに超えた在り様なのです。
あなたは通常の人間の「無意識領域」と「真我(実存)」の「無」を混同している、或いは同じものとしてみています。
もっといいますと通常の「無意識領域」というのは普通の意識領域と同じカテゴリー(領域)にあるもので、ただ視点が異なる立場から見るといい方が変わるだけなのです。

ですからあなたの仰るように無自覚領域から何やかやを引っ張り出してきて地上の何やかやの役に立てるということは出来ないことではありませんが、やっていることは同じく現れの世界において動き回っているだけのことになります。


これまでこの宇宙全史のワークでは不可知である真我の詳細な言及はなるべく避けていました。
そもそもそこに関して何かを言及するなどということは原理的に出来ない領域ですから、どう理解して頂ければいいのでしょうか(と最近は悩みまくっている私です)。


上記のことはさておきましてあなたが新たにやっておられるカリキュラムはあくまでも地上のカリキュラムでして、それがあなたの視点の逆転につながっているわけではありません。
もちろん現状あなたが精いっぱい考えて実行しておられるカリキュラムはそれはそれでいいのです。
そうやってあがいていく中での修業というのがあなたのやり方になっています。
しかしそれが視点の逆転につながることはありません。

「逆転しつつある」といわれているのは「エゴが薄くなりつつある」と同義なのです。
あれこれやって、色々あがいて、すったもんだしてやがてそういう中であなたはいつしか「ああこれは必要なかったんだ」と知る日が来るかもしれません。
或いはもっともっとと様々なカリキュラムを工夫して、素晴らしいシステムを構築し、多くの人々に喜ばれるかもしれません。

どうなるかは私の関知することではなく、あなたの望むとおりに進行していくことでしょう。

しかしそこで現状月読之大神は「逆転しつつある」と仰ったわけですから、その行く末は(私にとっては)楽しみなことかも知れません

麦茶

2018/4/25 No.3574

虚空蔵55様、みわ様、月読之大神様、五井先生、いつもありがとうございます。

皆様への質疑応答を拝見し、自分には全然出来ていない!という改めての気づきをいただきありがとうございます。
うまく理解できない部分があったので、質問させてください。

どっぺん様への回答(no3570)の中で、
湧き上がる感情に触れてはいけないというお話がありました。
これまで、腹が立った時はこれはエゴだから気にするな、
という風に回避を試みられる事はありましたが、
(最近は感情を抑えられない事が多くて、
とても回避できているとは言い難いので気をつけます)
「感激」「楽しみ」までも触れてはいけないという事にとても驚きました。
RIE様への回答(no3567)にて、死後の二通りの在りようをご説明いただいている中で、「現世で思い残したらいけないんだ」とざっくりと理解しており、
以前書かれていたカルマについてのお話からも「全てにおいて後悔なく生きればカルマは蓄積されないんだ」とこちらもざっくり理解しておりました。
そして「思い残さない」=「良心に従う」=「自分が本当に楽しいと思うことをする」という思い込みがあったので、「楽しみ」に触れない生き方とはどうしたらいいのか分からなくなりました。
「良心」=天命、「わくわくする楽しみ」=エゴという事なのかなと思うのですが、区別がつきにくいと言うか…むしろ「良心」を実感できたことがないので区別の仕様がないというのが現状かも知れません。

ここまでは私が混乱している現状の説明で、長くなってしまい申し訳ないです。
お聞きしたいのは、「人を楽しませる」という天命を持っている人もいるのではないか、その人が創り出す現世における成果物はそれに触れた人の「感激」や「楽しみ」が必然的について回るのではないか、という事です。
虚空蔵様が以前書かれていたユートピアのような世界では、例えば芸術も今以上に花開くというイメージを持っています。その場合にも人々の「感激」や「楽しみ」は生まれると思います。
私の理解が浅いために矛盾に感じているのだと思うのですが、見る人の「感激」無くして芸術は成り立つのか、「楽しみ」無くして他者とのコミュニケーションは成り立つのか、ご教授いただけると幸いです。

日常のコミュニケーションの中で、「共感」が求められる場面は非常に多いと思います。特に女性は…悩みにしろ喜びにしろ「共感」が無いと容赦なく「冷たい人」とカテゴライズされそうなものです。
そこに合わせに行く必要は本来無いのだと思いますが。
様々な湧き上がる感情に触れずに平静でいるという事は、相手の感情に「共感」できない自分になるような気がします。
当然ながら周囲で宇宙全史を知る人はいません。
そんな環境にいる人にとって、「冷たい人」にならずにコミュニケーションを取りながら、平静でいられるようにするにはどうしたらいいのでしょうか?

的外れな考えになっていたら、お手を煩わせるのは忍びないので、その時はご回答はなくて結構です。
的外れな事を言ったのだなと理解いたします。
もし何かアドバイスをいただけるようであれば、よろしくお願い申し上げます。

2018・4・24
麦茶様

あなたが矛盾しているわけではないのです。

ただ精神世界の本当の構造がとても難しいことになっているのです(本当は単純なのですが、色々事情がありまして私たちにはややこしく映っています)。

詳細はやがて出るであろう「エゴ」の本をお待ち頂くことにしまして、ここでは簡単に説明しておきます。


人が泣いたり悲しんだり、はたまた楽しんだり感激したり、喜びに満ちたりという感情の世界にあるのは、大体高校生どまりの境涯になります。
そしてその境涯が間違っているのかといいますと一概にそういうわけではなく、そこにとどまりそこで世界を味わって生きるということは大多数の魂が望んでいることでもあります。

ただそこから「厭離穢土(おんりえど)」というもはやこの世を楽しむことができない存在はそこからの脱却を目指します。
それに真我(実存)という世界が現れて来るのです。

どちらがいいとか悪いとか、上か下かということはないのですが、その魂の方向性とどこまで行きたいのかという欲望にかかっています(これはもうほぼエネルギーの問題になります)。

地上に、あるいは形の世界に、現れの世界にとどまり、そこで楽しみを味わい尽くしたいというのも全然アリなことで、実際その段階の最高点ではあなた方のいうところの神々たちがウジャウジャいます。
あなた達も神になろうと思えばなれるのです。
(しかし神にも色々ありまして、人間のエゴのようなものを持ったまま神として存在するものもあれば、ほとんど真我の存在でありながら慈悲のために神として在る魂もあるのです)

よくよく自分を顧みてください。

もうこの世で楽しむことができないと思っているでしょうか?

もうこの世界ではすべての快楽を味わい尽くして、うんざりだと思っているでしょうか?

それともそういうことをするだけの力もないので、欲望や快楽そのものの実現自体をあきらめてしまっているのではないのでしょうか。
これは「厭離穢土」の境涯とは全く正反対のもので、似て非なる境涯になります。

丁度この辺りのことを「エゴ」の本に書こうとしていますと突然、

「すべての欲望、快楽を味わい尽くして真我に至る道もある」

「その方があなた方はやり易いかも知れないね」

と降ろしてくる存在がありました。
聞いてみると韓非子(かんぴし)という昔の中国の思想家でした。

ところがそのあと一寸ありまして詳細は本の方でお読みになって頂きたいのですが、この問題にはまずクリアしなければならない基本的な認識があります。

例えば、

「感情」とは?

「思考」とは?

「共感」とは?

「芸術」とは?

「そもそも何故この世界を捨てなければならないのか」

そういう疑問を「エゴ」の本は悉く解き放っていくでしょう
(大学に入るということは、この世界からの脱却を目指すということなのです。そこからはもう地上の価値観や常識などは全く通用しなくなるということです)

その完成は今のこの世界の混沌、或いはせめぎ合いの時期を少し外さないと出て来ないかもしれません



虚空蔵55

どっぺん

2018/4/25 No.3573

虚空蔵55様 みわ様
大変失礼いたしました。月読之大神 五井先生申し訳ございませんでした。御指摘の通り大変浮かれておりました。深く反省いたします。

2018・4・23

RIE

2018/4/23 No.3572

2018・4・8
虚空蔵55さま みわさま


こんばんは。

集合魂の概念について改めて書いて頂き、ありがとうございました。
集合魂の概念は分かっているつもりでしたが“つもり”だったようです。今一度、
非公開情報等で、改めて虚空蔵55さまのことや、他の方々の前世やいろいろ読ませて頂き、集合魂の持つカルマの解消のために派遣される今回の人生や、そのカルマを解消する為に、


集合魂に蓄えた経験値や力を付加される、そうしたものを色々組み合わせて地上に送り出すという集合魂の概念を、今回は「そういうことだったのか!」と、しかと理解でき、腑に落とすことができました。


そこで、私が、これまでの転生の概念と集合魂の概念をオーバーラップして受け止め、すっかり盲点となっていた、以前の虚空蔵55さまとの、やり取りの箇所があり、明確にするために、いくつか質問させてくださいませ。


宇宙全史のBBSに初めて書き込ませて頂いた2015年の10月ごろ、当時、私の前世について虚空蔵55さまからお答えして頂いた回答に、


OS先生の前世の時の
>あなたはやはり同じグループの中で巫女(仙女)をしています。
>グループと一緒にあちこちの集落を回り、薬を調合したり、マッサージをした>り、患部を癒したり、様々な相談ごとを聞いたりという、何でも屋さんのよう>なことをしながら、それでも探求をしつつ、色んなことを学びながらも生きて>いきます。


こう書かれていたのを読み、今世で私がやってきたこと、やっていることと、前世でも同じことをやっていたんだなと、瞬時に納得してしまいました。


質問@
前世の私も今世の私も、どこか同じようなことを経験し、生き方も世の中に合わせることもしない仙人級の、相当変わった生き方をしていますが、これは私自身が前世での形質が、どう出るか分からない今世で、恩寵として、与えて頂いたということなのでしょうか?それとも、集合魂の本来の傾向であり、カルマ解消の為にもたらされた経験値と、いえるのでしょうか?


もうひとつ、強く、前世の「感覚」は引き継ぐものなんだな〜、と思えた回答が、前世での名前のくだりでした。


>そのとき付けられたあなたの名前は「リン」とか「リュウ」とかいっています。
呼ぶときは反復して「リンリン」とか「リュウリュウ」とか「リンリュウ」とか呼んでいます。パンダみたいですがまさにそんな感じです<


私は今では、RIEが本名ですが、実は、両親につけられた名前はRIEとは響きが全く、違う名前でした。もの心ついた頃から、以前の名前の響きが、どこか馴染めず、好きと思えたこともなく、その名前を呼ばれることが大嫌いでした。


前世という概念を持ち得た頃から、どういう訳か、私は絶対、前世では「らりるれろ」系の響きの「キャリー」とか「キャサリン」とか「リンダ」とかいう名前だったに違いないと、感覚的にずっと思っていたのです。子供の単なる妄想だったかもしれませんが…


今から20年ほど前に、自分の課題をひとつ越えたと思えたことがあり、ふと、その時、何気なく空を見上げるとイエスのような姿をした雲から光が指していて「綺麗だな〜」と思った瞬間「あなたは、もう、その名前を持たなくてもいい」とインスピレーションが降りたのです。その時「この名前を持つことでの課題はクリアしたんだ!」と勝手に思い、名前を変えると決めました。


直後に「その人に合った善き名前」を見てくれるという方をご紹介して頂き、そこでもらった名前が「RIE」という今の名前でした。漢字は変わっていましたが、漢字はどうでもよく、とにかく、子供の頃から前世の名前の「響き」だと思い込んでいた「らりるれろ系」が入った名前を呼ばれることが嬉しくて、一発で気に入り、15年以上前には戸籍から本名に変えてしまったという経緯があるのです。


それ故、虚空蔵55様が書いて頂いた前世の名前は、まさか、中国のパンダのような響きとは思いませんでしたが、「やっぱり、らりるれろ系の響きの名前だった!」前世、慣れ親しんでいた名前の感覚って残っているものなんだな〜と、ここでも、強く納得してしまったのです。


質問A
名前の響きについて、前世で懐かしかった音の響きを覚えていたのだ…と妙に納得していたのですが。これは、集合魂として思い出さないといけない何かがあるから、今世、集合魂から派遣される時に意味あって植え付けられた感覚的な響きだったのでしょうか?単にイレギュラー的に感覚が残っていただけだったのでしょうか?


そして、今回の母の件では、前世においても、やはり、同じようなことを前世でも、全前世でもやっているんだと〜またまた安易に受け止めていたようです。


質問B
前回の母に対する回答で、母は、やがては集合魂のカルマからも外れていきます。と書いて頂きました。母は、昔、人に騙され、当時としては大きな借金を作ってしまい、父も一緒に借金を返済し続けました。今ではすっかり借金もなくなりましたが、未だに父にいろいろ言われるので、ほとほと嫌気がさしているようです。


母のヒーリングの能力は、借金を作ったころと前後して、人をたくさん癒せるようになっていったようです。この、騙されて借金を作り返済し続けたというのは母の集合魂のカルマの解消のための出来事だったということなのでしょうか?


質問C
これも、前回の回答の中からの質問ですが、
>あなたのお母さんはベースに人のためになりたいという気持ちがあり、あな>た達の幸せをすごく強く望んいます。しかしそういう使命を持ちながらも自>分の目的をすごく望むというあなた(RIEさん)と同じような天命を持っています。


この回答で「使命」と「天命」という言葉が両方でてきて、曖昧に受け止めていたことに気づきました。以前、使命とは、自分の根底の思いというより、外部からのやるべきことといった要素が含まれると書いて頂いた記憶があるのですが、

ここで伝えて頂いているのは、子供の幸せを願う「親としての使命」という意味で良いですか?そして天命というのは「集合魂の意図」という認識で良いでしょうか?


質問D 
母と同じような天命を持つということは、私は母と同じ集合魂から派遣されている…ということなのでしょうか?


質問が多くなり、申し訳ありません。曖昧にするより確実に確認しておこうと思いました。どうぞ、よろしくお願いいたします。


2018・4・20
虚空蔵55さま みわさま

こんにちは。
この数日、長いこと言葉だけは知っていた「私は在る…」「I am that 」の感覚が、突如、分かった気がしています。文字を伴うヴィジョンのきっかけはあったのですが、徐々に物理的に見えている世界の認識や感覚、知覚に変換が起こっているかのようです。


エゴというものも概念や言葉ではなく、私に分かりやすいイメージのようなヴィジョンで「私は在る」ものから観えている気がしています。これまでの深い所に在った盲点に気づき、見え始め、根底から視点が変わりつつある…そんな感じがしているのです。


浮かび上がる想いは、今、ようやく人類の意識の探求の扉の前に立った…なのです。これを、以前に回答していただいている「本来の私」とは何ぞや?その道の探求として、そのまま受け止め、新たなステージとして歩み始めても、遠回りする事にはならないでしょうか?そこを確認しなければと思いました。どうぞ、よろしくお願い致します。




世界が平和でありますように
私たちの天命が全うされますように…
いつも、ありがとうございます。


RIE様

質問@
「前世の私も今世の私も、どこか同じようなことを経験し、生き方も世の中に合わせることもしない仙人級の、相当変わった生き方をしていますが、これは私自身が前世での形質が、どう出るか分からない今世で、恩寵として、与えて頂いたということなのでしょうか?それとも、集合魂の本来の傾向であり、カルマ解消の為にもたらされた経験値と、いえるのでしょうか?」

●あなたの集合魂はちょっと変わったところの出身者たちです。

地球上では宇宙全史で解明してきましたように大きく分けて二つの星系の派閥に分けられます。
一つはイルプロラシオン。
もう一つはプレアデスです。
ところがあなたの集合魂はオリオンから来ています。
これまであまり宇宙全史では出て来なかった星系ですからここで少しお話しておきます。

というよりもあなたの形質を明確にしていくと大体オリオンの傾向が分かるかもしれません。

オリオンは良くも悪くも外見を気にします。
それもものすごく。
人にどう思われるか、どう思われるかの自分を真っ向からイコールにしたいという、自分のプライドと世間体を同等にしたいという傾向性が強いのです。

美意識が高いといってしまえばそうなのですが、それはオリオンの美意識ですから地上の庶民の美意識とはまた少し異なります。
例えばあなたは庶民のように見栄や外見、ブランド物にこだわったりはしません。
ベクトルが違うのです。
きらびやかな美意識なのですがそっち(地上)の美意識ではなく、いわば崇高な美意識といったらいいでしょうか。
だからこそ月読之大神は宇宙全史の講師の認可を出されたのです。

もう一つ「押しつけがましい」というところがあります。
いい方がちょっとあれですが、アプローチが強いといった方がいいかもしれません。
そういう人ではないと世の中を変えていくということは出来ないのですから、私のように謙虚な人間には向いていないのです(〜)。


質問A
「名前の響きについて、前世で懐かしかった音の響きを覚えていたのだ…と妙に納得していたのですが。これは、集合魂として思い出さないといけない何かがあるから、今世、集合魂から派遣される時に意味あって植え付けられた感覚的な響きだったのでしょうか?単にイレギュラー的に感覚が残っていただけだったのでしょうか?」

●あなたの場合は意味付けとか宿命とかいう形ではなく、どちらかといいますと「好き」といった方がいいでしょう。
音には音色とか音階とか波長とか色々ありますが、そこに馴染むほどあなたが本来持っているものが発動しやすいということがあります。
そしてまたあなたの集合魂(あなたもですが)はそれくらいの「好き」は通してしまうといいますかどうにでもできる力はあるのです。


質問B
「前回の母に対する回答で、母は、やがては集合魂のカルマからも外れていきます。と書いて頂きました。母は、昔、人に騙され、当時としては大きな借金を作ってしまい、父も一緒に借金を返済し続けました。今ではすっかり借金もなくなりましたが、未だに父にいろいろ言われるので、ほとほと嫌気がさしているようです」

●借金はカルマというより傾向性といいますか、巫女をやる人というのは一概に人がいいのです(例外もあります)。
悪い事というのを自分で許容できないということがあります。
だから借金でもなんでも自分でキチンとクリアにしなきゃ嫌というたちなのです。

引き受けたくなければ引き受けなくてもいいのですが、まあいいやって思ってしまうのですね。

単にそういう(人が良い)タイプなのです。
(私のように人が良くて騙されないというタイプはこの宇宙では稀だそうです)

ですから集合魂のカルマといえばまあそうなのですが、現世的な性癖といってしまえばそうともいえるのです。

なお借金とかは人を恨みながら返すというのは違うのです。
気にしなくても、まあいいやって思うところが今生での助けになりますし、クリアさにつながるのです。
お父さんとあなた達の境涯の違いがそこに出ています。


質問C
「これも、前回の回答の中からの質問ですが、
>あなたのお母さんはベースに人のためになりたいという気持ちがあり、あな>た達の幸せをすごく強く望んいます。しかしそういう使命を持ちながらも自>分の目的をすごく望むというあなた(RIEさん)と同じような天命を持っています。


この回答で「使命」と「天命」という言葉が両方でてきて、曖昧に受け止めていたことに気づきました。以前、使命とは、自分の根底の思いというより、外部からのやるべきことといった要素が含まれると書いて頂いた記憶があるのですが、

ここで伝えて頂いているのは、子供の幸せを願う「親としての使命」という意味で良いですか?そして天命というのは「集合魂の意図」という認識で良いでしょうか?」

●あなたの場合はそれで結構です。


質問D 
「母と同じような天命を持つということは、私は母と同じ集合魂から派遣されている…ということなのでしょうか?」

●その通りです。



2018・4・20の分から
「以前に回答していただいている「本来の私」とは何ぞや?その道の探求として、そのまま受け止め、新たなステージとして歩み始めても、遠回りする事にはならないでしょうか?そこを確認しなければと思いました」

●まず月読之大神からのお言葉です。

「視点が逆転しつつあるのは、いい事じゃない」

遠回りするどころか「視点が逆転しつつある」のです。
しかもそれが「いい事じゃない」ということなのです。

しかしそれをあなたは少し怖いといいますか、間違ってはいないかと危惧しておられます。
そして「危惧している」のはあなたのエゴでもあるのです。
つまりオリオンの有様(エゴ)からすると危機感を覚える状況にあるのです。

あなたはどっぺんさん風にいいますとやっと高校3年生になったばかりです。
それなのに宇宙全史の講師を務め、先日はどっぺんさんを指導しておられます。
それではどうして大学入学のオリエンテーションをしているどっぺんさんを高校3年になったばかりのあなたが指導できるのでしょうか。

それはRIEさんとどっぺんさんでは同じように大学に入学するにしてもその過程はそれぞれ異なるからです。
例えばイルプロラシオンの完全覚醒者の3人の内の一人であるEO氏はあの時点では私より境涯は高いところにおられました。
しかし彼には人類を導くという使命は存在しませんでした。
ただ彼は彼のやさしさで出来る限りのことをしていたのです。

つまりはそういうことなのです。
人はそれぞれの境涯においてそれぞれの使命を持ち、それぞれの天命を持ちます。

誰が上で誰が下ということもなく

その中であがいていくしかない身が私たちなのです。

それでもあなた方にはこの宇宙全史というはかり知れない恩寵があります

この先にはまだまだ多くの人たちが

辿り着けていない謎が

山ほど控えています

それを知るに値する人たちが

果たしてどれだけ

出て来るのでしょうか



虚空蔵55

2018/4/23 No.3571

虚空蔵55様、みわ様、五井先生、月読之大神、いつもありがとうございます。

 大日如来は天之御中主大神でしょうか。それとも、アルデバランにつながっている人物なのでしょうか。

 なんらかの形で空海の前に現れたのではないかと思っています。

 それではよろしくお願いします。

2018・4・20

海様

「大日如来は天之御中主大神でしょうか。それとも、アルデバランにつながっている人物なのでしょうか」

●大日如来は天之御中主神主の一派ではありません。一言でいいますと太陽神の一派の皆さんで地上ではやはり大きなエネルギー神になります。

またアルデバランとも関係はなく(何事もこの宇宙のお話ですから全く関係ないとはいい切れませんが別なものです)



虚空蔵55


どっぺん

2018/4/23 No.3570

2018・4・21
虚空蔵55様 みわ様
御指導どうもありがとうございました。
私のレベルが実存を云々出来るようなものでないことは自覚していたつもりで、自惚れておりませんでしたが、このような御言葉を賜わるとは思いもよりませんでした。

月読大神 本当にありがとうございます。今後も精進を重ねてまいります。決して驕りません。
虚空蔵55様 これまでずっと変わらずお導きいただきましてありがとうございます。虚空蔵55様無しではここまで来れませんでした。

しかしまだまだです。大学卒業し大学院へ入れるよう頑張ります。百万円の例の本をお授けいただけるよう頑張ります。どうかこれからも深遠なる御指導よろしくお願い申し上げます。

ひとつだけ質問をお許し下さい。
月読大神と五井先生がタッグを組まれたという稀有の出来事の素晴らしさが、残念ながら今のこの私には本当のところ何も分かっていないと思います。それについてどうか詳しく御教示いただきますようよろしくお願い申し上げます。

こんな日が私の人生に来るなんて思いもしませんでした。私の集合魂は喜んでくれているでしょうか。ありかとうございました。今夜いま、家内は隣にいますが、祝杯を一人静かにあげさせていただいています。カープは先程中日に負けましたが。今日はワインを楽しむことをお許し下さい。感謝で一杯です。酔ってきています。父親を思い出します。


2018・4・21
お問い合わせ内容 = 虚空蔵55様 みわ様 御指導どうもありがとうございました。 私のレベルが実存を云々出来るようなものでないことは自覚していたつもりで、自惚れておりませんでしたが、このような御言葉を賜わるとは思いもよりませんでした。 月読之大神 本当にありがとうございます。今後も精進を重ねてまいります。決して驕りません。 虚空蔵55様 これまでずっと変わらずお導きいただきましてありがとうございます。虚空蔵55様無しではここまで来れませんでした。 しかしまだまだです。大学卒業し大学院へ入れるよう頑張ります。百万円の例の本をお授けいただけるよう頑張ります。どうかこれからも深遠なる御指導よろしくお願い申し上げます。 ひとつだけ質問をお許し下さい。 月読之大神と五井先生がタッグを組まれたという稀有の出来事の素晴らしさが、残念ながら今のこの私には本当のところ何も分かっていないと思います。それについてどうか詳しく御教示いただきますようよろしくお願い申し上げます。 こんな日が私の人生に来るなんて思いもしませんでした。私の集合魂�
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どっぺん様

2通目のメールは13分後に来ています。

同じメールですが、ご覧のように末尾部分が文字化けしています。
(おそらく浮かれて何かの間違いで誤送信してしまったのでしょうが、そこにその時のあなたの境涯が如実に出てしまっています)

ちょっと浮足立ってしまいましたね。
もちろんうれしい時はお酒を飲んでもいいのです。
しかし上位の段階にたどり着くと際立って重要なメソッドがあります。

すでにここではお伝えしていましたが、それは「平静さ」でした。

よろこぶな、酒を飲むなとはいわないのですが、その行為に「触れ」てはいけないということがあります。
「怒り」「悲しみ」「ねたみ」「感激」「楽しみ」あらゆる感情は生きている限り湧いて出てきます。

その湧いて出てきたものに触れてはいけないのです。

それが大学に入学する境涯の者が育まねばならない資質になります。


あなたの境涯はまだ大学に正式に入学してはいません。
大学入学に向けてのオリエンテーションの最中といったところが正確な表現になります。
それでもこれまでの宇宙全史の生徒さんたちの中では飛び抜けているのですが、キチンとした方向付けとそれにふさわしい資質の確保というのは強く求められます。

いずれにせよ大学付近まで来ますと本当に難しいカリキュラムが山積みです。

焦らず腐らず

さらに浮足立つこともなく

やるべきことを粛々と



虚空蔵55


いくと

2018/4/20 No.3569

2018・3・12
虚空蔵55様、みわ様

僕は頭の弱い本当のバカです。呆れられてしまうほどに…。
「甘えるのは良くない」ということがこちらに書かれていたことがございました。甘えるのではなく、希望をつなぎたい気持ちで書き込ませてください。


私は緊張しいで、それが人に伝わってしまいます。10年以上、そのような状況が続いています。

人が近づくと反射的に緊張してしまい、また緊張が簡単に人に伝わってしまい、周りにもあからさまに悪影響を与えてしまいます。

それは以前からあったことなのですが、それがここ1,2年ひどく悪化しているように感じられていましたが、最近はさらに悪化していました。

著しく症状が悪化しているので、早急にどうにかしなければならないと思いました。

原因には目星がついていて、人との関わり合い方に問題があると感じていましたが、自分ではうまく軌道修正できずにいました。僕はあまりにも頑なに過ぎていました。

自分一人では、もはやどうしようもないことは分かっていましたので、人を呼ぶことにしました。

そのとき私は人に触れることが一番効果があるだろうと考えていました。ですので人生ではじめてでしたが、そういうサービスを利用することにしました。

斜め上方向の発想でしたが、それ以外の方法を思いつくことができないほど、もともとの思慮が足りておらず、また切羽詰まった心理状態でした。

普通にパートナーがいれば良かったのですが、人付き合いを避けていましたので当然いません。

ですので一度だけ治療のつもりでサービスを受けることにして、自分の状態に変化がでるか様子を見てみようと思ったのです。

そしてその後、自分にとってはショッキングなことが起こりました。




翌朝起きてみるとまず身体に異変があり、あそこが使い物にはならないなという状態でした。

その夜は心理面にも影響があり、これはエネルギーも確実に乱しに来ているなと思われました。

ただ、それだけの衝撃がないと筋金入りの頑固さはとても修正できませんでした。


身体の方は、そのうち病院にも行こうと思っていますが、今の所あまり気にしておりません。
もともと無用の長物ではありましたので。

精神の方も、いくつかの気づきを得ることで、ひとまず収まっております。
気づきについて書かせていただくと、次のようなものです。


・謙虚さ

とても頑固で相手を受け入れることができず、さらにそこから生じる軋轢を無視する結果、それは不遜になっているでしょうし、わだかまりを消せないでいる。
「謙虚さは身を守る手段」というようなことがここで書かれているのを思い出しての気づきでした。


・ユーモア

不幸事に遭っても受け取り方次第で、トラウマにもすることができるし、しないこともできると思われました。そこで恐がるのではなく、自分を笑うことにしました。


以上の二つだけでも、精神的にかなり楽になっております。その他のところでは、



・自分の嫌な部分を見たくない(認めたくもない)がために、人と面と向かうことができなかったのではないかと思うようになりました。

ずっと自分の嫌な部分を見ないようにしてきたこと自体、良くないことでしたが、結果的に自分の良い部分も見つけ出せずにいるんだと思います。



・とても臆病なので、下手に行動しないことを選択し、受け身ばかりになっていることで、自分を不自由にしていたのもよくありませんでした。

他のことにも共通して言えることですが、度が過ぎていたんだと思います。



ショッキングな出来事を経験しないと、どうにもならないほど自分のエゴは凝り固まっていました。

自分のバカさ故の経験でもありましたし、きっと見かねた守護霊様が気づきを与えるために、いい塩梅(気づきが得られて潰れない程度)にしてくれたんじゃないかと思っています。

僕は自分の守護霊様が優しい方だと分かっているつもりです。素敵なプレゼントもくださいますし、僕がやはりバカをしでかそううとしたときにユーモアたっぷりに阻止してくださったこともありました。

謙虚さは人に対してというのもあるかもしれませんが、守護霊様や守護神様や五井先生に素直になるという意味合いでも理解しています。

今のうちに気づきを得ていないと本当に後がないので、毒をもって毒を制す方式になったのだと思っています。(僕自身もそのような心持ちで取った行動でした…)

結局は、僕がこれほどまでにバカでなかったら、そこまでやる必要もなかったのですが、どうしようもない、やはりクズだったということですね。



自分で自分をどうしようもない自分でしたが、バカな思いつきも「変わらなければ」という一心で取った行動でした。(追い詰められて、でしたが…)

行動の結果に、僕はとても驚かされましたが、そこでは想定外の気づきがありました。

僕がやらなければならないのは、この気づきを無駄にしないことです。今でも変わりたいという気持ちでいますし、真実を知りたいとも思っています。

自分が持ち越しているカルマを知りたいです。欲を言いますと、天命や魂の出自などもお伺いしたいですが、一番はカルマを知りたいです。

臆病なところは否めないですが、やはり向き合いたいです。どうか向き合わせてください。
(出過ぎた言い方になってしまい申し訳ありません。書き直した方がいいかとも思いましたが、やっぱり残しておきたいと思いました。どうぞ良き方に、よろしくお願い致します)


2018・3・14
虚空象55様、みわ様

昨夜より相当楽になっております。何度も何度もお手数をおかけしてしまい本当に申し訳ございません。

ありがとうございます。


人のことをどうこうできるものではないからと、自分のこともままならないからと、自分のことばかり考えて来ました。

それが満たされるようになって(やれなかったことができるようになって)、今度は目線を外に向けなければならないと思っていた矢先の不祥事でした。

ずっと、自分の人生は自分のもの、自分の命は自分のために使うものとのみ思っていました。

それは一面、間違っていないと思うのですが、拾ってもらった命という気持ちがあり、もはや自分だけのためだけに使うべきものとは思えなくなりました。

だからといって、特別にやれることはないでしょう。しかし本当にここの教えを実践することができたのなら、自然と人のためにもなるはずです。
(それができるかどうかが肝要で、自分はぜんぜんダメだったということです…)

少しく留意してみれば、自分のクズさを見出だすのは難くありません。勝手に湧き上がってきますので。

しかしクズさに対しての嫌悪感が強かったため、それを冷静に把握することは無意識に避けておりました。

人と向き合うことで、自分のクズさが一人でいるときよりも、さらに容易に湧き上がることもあります。

でもそういうときは、本当の意味では向き合えていないのだと思います。

あまり難しく考えるようなことでもないのかもしれません。とにかくクズさが出てきたときに、それを無視せずに祈りとともに観照することの方が大事ですので。

そしてクズさを笑えばいい。

でもやっぱりクズはクズです。僕は本当のことを何も分かっていなくて、分かっていないくせに、いや分かっていないからこそでしょうか?、自我は不遜です。


世界人類が平和でありますように
日本が平和でありますように
私たちの天命が全うされますように
守護霊様、守護人様、五井先生、ありがとうございます


2018・3・25
虚空蔵55様、みわ様

経過を書こうと思いましたら、久しぶりに掲載が開始されてた!
この頃、自身のことや家族のことについて整理して考えられるきっかけを得たように思っています。今回はそのことについて書かせてください。


●自分のことについて

まず自身のことについて書きますと、呼吸が改善されました。腹式呼吸がうまくできなかったのが、できるようになりました。

前の書き込みの後(それか翌日か・・)の就寝前に右の後頭部から「ピンッ」という感じの弾ける音とともに何かが抜けた感覚があったので、それがきっかけではないかと思っています。

体感的に、首のつけね、顎のつけね辺りが呼吸と関係しているように思われました。

以前、緊張しいについての質問をしたときに、守護霊様から「腹式呼吸」からということでご回答をいただいてから長い時間が経っていますが、ようやく・・です。


それと同時に、ようやく普通に人間らしい思考力だったり感情だったりで生きられそうです。

ずっと何かストッパーがかかっているような感じで、それを自分ではどうにもできなかったのですが、これもようやく改善できそうです。

やはり以前いただいた回答で、「いとこと比べられて、自分はできると思っているが、できないようにしてしまっている」ということがありましたが、これも長い期間を経て、ようやく何とかなりそうだと思っています。

関係あるかは分かりませんが、昨晩の夢でいとこが出てきました。回答でいただいたとき、年の近いは女性のいとこだと思っていたのですが、そうではなく、年の離れた男性のいとこのことだったのかと、夢を見て思い直しました。

男同士ということで幼いながらも対抗心が芽生えていたのかもしれません。でも気持ちだけで何もできなかったんでしょう。それを無意識に抱え込んで、ずっと引きずっていたのかと思うと、バカらしくもありますが。。

腹式呼吸ができるようになり、スイムも楽しくなってきました。いままでは、お腹に力が入らないので足が水中に沈んてしまったりして、ぜんぜん上手くなる気配がなく、あまり楽しめなかったのですが、ようやく人並みになれるんじゃないかとワクワクしています。


呼吸と同時に、人と向き合うこともようやく改善される兆しが見えてきました。

感覚としては、開くという感覚と閉じるという感覚が芽生えました。いわゆる心を開くとか閉じるという話しだと思うのですが、それをコントロールできるようになったみたいです。

開くと普通に接することできます。それはごく普通のことなのですが、僕にとっては革新で、ようやく普通になれるかと思うと気持ちも楽になりました。

今までは、どうしても開くことができませんでしたが、呼吸が改善されると自然とよくなりました。

開く感覚のときは息を吸うことに、閉じる感覚は息を吐くことに通じているような気がします。ここらへんの感覚は、もう少し自分でも精査してみようと思っています。


この変化のおかげで、これまで思うようにいかなかったことにも、前向きに力を入れていきたいと思うようになりました。スイムもそうですし、身体だけでなく、芸術方面や論理方面、もちろん仕事も。100万円の本のためにお金も貯めたいですし、とにかくやりたいこと、清算すべきこと、整理すべきことは多いです。願わくば、精神世界の探求も地に足つけてしていきたいところです。



●家族について

家族についてですが、もう実家には戻りたくないと思っています。親不孝をしたいわけでもなく、むしろできるなら円満にいたいのはもちろんなのですが、帰るとどうしても具合がよくありません。

エネルギーの搾取構造があるのではないかと疑って自分なりに分析してみたのですが、単なる思い込みなのか、やはり何かしかの搾取構造があるのか教えていただけたら幸いです。

両親はごく普通の方です。両親が云々というより、両親の両親(僕の祖父、祖父母)の代からそういう構造を持ち越しているように思えます。(本当はもっと前の世代も絡むのかもしれませんが、僕が推測できるのは祖父母までが限界です)


<母方>
母方の祖母が、よくわからない団体に手を出しています。僕の幼い頃から、その団体のアイテムがありました。それはシールだったり、シンボルの入った透明の石だったり、音声テープだったりです。

祖母は気丈な方ですが、祖父とその長男とが不仲であったり、主に家庭の心配事のために、何かすがりつくものが必要だったのかもしれません。

母も祖母の団体をライトな仕方で受け入れていました。ライトというのは、信仰はしないが、グッズの効果を期待するというものです。

なにかグッズの効果を感じることがあったからなのでしょうか、今でも母にはそういうところがあるようで、(僕からすれば正体不明の)水だったり、アロマだったりを好んで使用しています。個人でやるならまだしも、家族を巻き込んでいます。

去年は、アロマの力で陸上を優勝した人がいるとかで、いきなり僕の頭頂部にすりこんで来て「なんて事をしてくれんだ」と腹が立ちました。

本当にアロマの効果があったのだとしても、優勝したのはその人の努力で優勝するから価値があることで、アロマの力で優勝しても意味ないと思うのですが。

今では、僕が実家に帰ったときに、僕が寝ている間に何か仕込んでいるのではないかと疑ってしまうぐらい不信も抱えており、これももう帰りたくないと思っている要因のひとつです。


このような母のグッズ好きは、父あるいは父の実家への対抗するためのものだとも思えます。

母は自分(いくと)を生むために結婚したと、僕に話したことがあります。

よくあることではありますが、母はあまり父の実家が好きではないようで、また離婚も考えたことがあるようです。(一度だけ、離婚を考えていることを打ち明けたことがありました)

それは当人たちの問題ですから、僕がどうこうと思っているわけではないのですが、ともかく母は限られた環境で自分のやりたいことをして生きるために、自分以外の何かに頼ることを選択しているようなのです。
(その頼り先が、本当の慈悲を持っている方なら良かったのですが、そういう可能性は通常はほぼないでしょうし、たぶん絡め取られていると思います。)


<父方>
父方は父の姉が手かざしをやっていて、バッグにはどうやら団体があるらしく、そこそこの地位もあるように聞いた覚えがあります。僕から見ればおばですが、おばが僕の実家に来て、両親やリビングルームに何かを施していました。何をしているかは僕にはさっぱりですが、嫌悪感があります。

一昨年、父の兄(僕のおじ)がなくなりました。おじは実家ぐらしでしたが、おばがおじや(父方の)実家にも、よくわからない施術を施していることは容易に想像できます。

おじが亡くなった後の住まいを父はリフォームしています。たぶん、これをきっかけにして、実家(父方)にあった搾取構造を受け継いでいるように思えます。

といいますのは、僕が実家(両親宅)に帰ったとき、そして自分の住まいに戻った最初の日は、必ずと行っていいほど父の実家を舞台にした夢を見るからです。



両親とも、とても善良な方ですが、本人も知らないうちに良からぬものを引き受けているように思えます。それに対して、おそらく僕は特別どうすることもできません。一度だけ母に宇宙全史のことを話して、本も1冊与えているのですが、まともに受け止めてもらえていないようです。

実は昨日、実家から戻ってきたのですが、帰るのはこれを最後にしたいと思っています。実家を出るときに母と犬が見送りしてくれたのですが、なぜか犬がものすごく怒っていました。

僕がもう帰ってこないことを悟っていたのでしょうか?それとも何か別の理由が…?

弟が一人いるのですが、彼も早く実家を出ればいいのにと思わずにはいられません。でも平気そうにしてるので、僕だけにとって相性が悪い場所なのかな、という希望的観測もまだ持っています。

単なる僕の思い込みなら、それはそれで家族と普通に仲良くやっていきたいです。
もしそうでないなら、陰子とは完全に縁を断ちたい気持ちもありますので、もう帰るのはよそうと思っています。



世界人類が平和でありますように
日本が平和でありますように
私達の天命が全うされますように
守護霊様、守護神様、五井先生ありがとうございます


2018・3・26
虚空蔵55様、みわ様

昨日の家族についての書き込みについてなのですが、これぐらいの事の判断は自分でやるべきことだと思い直しました。

前より調子が良くなってきているとはいえ、まだまだ安定していません。

エゴと向き合いつつ、よくよく調整したいと思います。


2018・4・4
虚空蔵55様、みわ様

身体についてなのですが、いままでいかに不自然な有り様だったのかということを思い知らされています。みぞおち辺りから鎖骨下の胸部の筋肉あたりまで…、少しずつ調整しております。

人に対して当たりが強めになりやすいところも、妥協という仕方ではないやり方で和らげる必要性を感じたり…、とにかく人として練れていないので、こういう面でも一つ一つ洒落に近づければと思っております。

とにかくまずはスタートラインに着きたいところです。


2018・4・16
虚空蔵55様、みわ様

先週のことですが、就寝前にお腹に何かを入れられた感覚がありました。(エネルギーだったと理解しています)

物質体でなくとも下手に体を動かすのは良くないということなのか、入れられる時、体(肩あたり)を押さえられていました。

いやな感じはなく、入れられたものも体感的には結構な塊のようでした。

ただただ感謝です。


いくと様

最後のメールであなたに入れられたものは確かにエネルギーでした。
(肉体よりのエネルギーが注入されています)

それはあなたの集合魂があなたの守護霊を使って入れています。

あなたも着実に宇宙全史に馴染んできている方です。

どっぺんさんのところでも書きましたが、これから実に大変な世界に入っていきます。
それまでにここで皆さんは着実な進化を遂げておかないと精神的にも肉体的にも大変困難な状況に陥ります。
それを避けるために人それぞれ様々な段階があるのですが、あなたの場合は一つの段階としてそのエネルギーを入れられています。

ここに集う人たちには例の「月読之大神と五井先生のタッグ」光線が平等に注がれているのですが、それを受け取れるのはやはり人それぞれです。

例えばあなたの場合、夢というシチュエーションでちゃんと自覚できています。
どういう形であっても自覚できているとエネルギーは受け取れやすいのですが、自覚がないとやはりほとんどスルーしていきます。

問題はその人がどちらを向いているかということなのです。

ここでは同じことを何度も繰り返しますが、宇宙全史のエネルギーを受け取るには、

「祈り」

「エゴを薄くする」

この二つに尽きます。

それがないとどうしても自分自身でエネルギーを、救いの道を閉ざしてしまっているのです。
詳細は「エゴ」の本をお読みになるとハッキリとわかるのですが、出版はまだまだ先になりそうです

どんなに楽になりたくても、少しでも幸せになりたくてもどうしてもそうならないのは祈ることができなく、エゴを薄くすることもできないからなのです

一言でいってしまいますと「感謝」がない人は受け取ることは出来ません

そういう人は「不平不満」や「恐怖」の方に向いてしまっていて、どうしてもエネルギーをそちらに無駄に浪費してしまっています

あなた方はあなた方のエネルギーをどう使おうと自由です

「感謝」に使い、「祈り」と「エゴの希釈」に転換できるか

「怒り」「不平不満」「恐怖」に使用して憔悴していくのか

それがあなた方にゆだねられた

「自由」



虚空蔵55

どっぺん

2018/4/20 No.3568

2018・3・30
虚空蔵55様 みわ様
いつも拙い質問に深い御指導を賜りまして、どうもありがとうございます。
御教示いただいたBBSを拝読する前に、非公開情報No.11を開いてみましたら、16ページに、「初期段階の覚醒とは「霊道が開く」「開きつつある」という状態のまま、あらゆるエゴにとらわれず次の段階の覚醒、またさらに次の段階と救世主に相応しい覚醒段階を求めていかねばならない」と既に教えていただいていました。救世主でさえそうであるならば、あとは推して知るべしと、自分の姿勢を反省しました。
㈰実存をもっと深く落とす、そのあたりにずっといる、この言葉にしがたい瞑想での自分の状況のコントロールは自由がききませんが、引き続き精進、精進、精進致します。
この深く落とすやり方について是非一度詳しく御教示をお願い申し上げます。

「架ける」を全く独り合点で勘違いしておりました。私の真我に架ける様頑張ります。
仏陀に関する質問も早とちりと誤解をしておりました。申し訳ありません。
五井先生がおられるだけでこの宇宙に慈悲が拡がり渡っておりました。

㈪前々から一つ質問したいことがあったのでよろしければお願いします。
生前の御著書で、五井先生は阿難と親鸞に霊的に親密な関係があると示唆しておられますが、虚空蔵様がいつかBBSで、五井先生は「法然のようなお方」とお書きになったことも覚えております。
この二人に関してもしよろしければ、「誰が地球に残るのか」 の観点から御教示いただけませんでしょうか。よろしくお願い申し上げます。どうもありがとうございました。


2018・3・31
虚空蔵55さま みわ様
おはようございます。今朝、昨日教えていただいたことを踏まえて、この無がエゴであることを認識して瞑想に臨みました。霧が晴れてまいりました。ありがとうございます!精進、精進、また精進致します。


2018・4・17
虚空蔵55様 みわ様
いつも深遠なる御指導ありがとうございます。
あれから深く深く真我へ向けて落とし込む作業を自分なりに継続しています。
この無がエゴであると御教示いただいたことは大変参考になりました。
真我に到達する道筋あるいは方法論をあれこれと試しながら、この暗闇の中をさまよっておりましたら、いつしかこれまでエゴの中心であると認識していた部分から真我に入るのが本筋だと気づかされまして、その「見ている人は誰か」の部分が変容してまいりました。
それと関係あるかどうか分かりませんが、日々の仕事で行っている患者の問題点の明確化と対処が向上いたしました。これまでも御支援いただいている筋からの御指導をより深く受け取れるようになったと思います。
今朝の瞑想で以前真我に瞬間的に到達したあたりに入れたと感じたのですが、まだまだでしょうか。御指導をお願い申し上げます。


2018・4・17
追伸
虚空蔵55様 みわ様
先日RIE様の御指導を電話で受ける機会が得られました。りえ先生の指導しておられる運命学における自分のチャートをご解説いただき、大変参考になることが多く、ありがたい時間でした。電話で1時間半お話をさせていただいたのですが、大変すばらしいお人柄、すてきな方でした。お知り合いになれてうれしかったです。また勉強させていただきます。


どっぺん様

月読之大神からです

「道なかばだが着実に進んでいるようだね」

あなたもそうですがすべからく人はエゴを保持したまま真我(実存)に入ることは出来ません。

何度でもいいますがエゴの希釈は重要な(ほぼ唯一のメソッドになります。

正直に言いますとどっぺんさんレベルで実存をどうのこうのいえるレベルには本来ないのです。
それがここまで来てしまっているというのは、やはりここに(宇宙全史)に深く関わって来ていたからです。

私自身のことは薄っすらと初期段階から分かってはいましたが、皆さん方がこういう段階に向けて進んでいけるとは正直半ばあきらめてもいたのですが、このワークは実に思いもよらぬ驚きをもたらしてくれています。

それはあの「百万円の本」を受け取れる人間はおそらく出てこないだろうと思っていた私にとっては大いなる誤算だったわけです。

あなたは何と今の段階では大学に入学したレベルに達しています。

しましまだ入学したばかりです。

大変なのはそこからです

まだまだ質問は出てきますが大学卒業あたりになりますと、やがてそれも収束していきます


並外れてすごいのは

月読之大神と五井先生がタッグを組んだところです

それに乗っかれたあなたの幸運は

如何ほどのものなのでしょうか



虚空蔵55

RIE

2018/4/5 No.3567

虚空蔵55さま、みわさま

こんばんは。
母のこと、いろいろ教えて頂きありがとうございました。「母と同じような天命を持つ」そのようなことは、これまで全く考えたことはありませんでした。


ただ、子供の頃から感じていたのは、間違いなく私は、父の縁ではなく、この母の何らかの縁に引き寄せられて、今回、子供として生れたのだろうな…と感じていました。

>お二人はその両輪がバランスを取らないといけないのですが…
>片方だけではダメみたいですね。

この言葉を、しばし、考えていたところ、行動として思いつくことがありました。それを行ってみようと思います。その先にまた、何か両輪となるような気づきや、流れが起こるのかもしれないと思い至っています。


今回、転生における忘却システムとは見事なものだな〜と改めて思いました。
母に「お母の人を治す能力って、前世で卑弥呼の時代に、卑弥呼の巫女集団の中のひとりとして培ってきたものなんだって。卑弥呼って知ってるでしょう?」と
聞いてみたのです。私は、母が、何となく興味あるとか、時代的に好きだとか、関連づくようなことを言うかと期待したら…


「卑弥呼?聞いたことあるね〜。どっかの殿様の奥さんだろ?」でした^^


前世で培った何らかの才能や形質、因縁因果や徳は、今世に継承されても、どんな時代の、どこの国で、何をしていたのかといった、状況や環境の印象は、当たり前ですが、ものの見事に記憶や感覚、興味の対象の残滓にさえ残っていないものなのだな〜と思いました。母の場合は、歴史を知らないにもほどがありますが(笑)


これまで20年以上も祈ってきた母。虚空蔵55さまに書いて頂いたように、この先、母が「自分の縛り」から解放されて天命を生ききり、集合魂のカルマからも解放される人生を全うできるよう、今度は私が、母のことのみならず、祈り続けていこうと思っています。ありがとうございました。


世界が平和でありますように。
私たちの天命が全うされますように…。

2018・3・30
RIE様

●宇宙全史における「集合魂」の概念は非常に大切なもので、人の転生の基本になる概念です。

RIEさんは宇宙全史に出会ってまだ日が浅いのでやむを得ないというところもありますが。

人は死んだら大きく分けて二通りの行く末があります。

@大概の人は現世での有り様をよしと出来ずに(つまりうまく生きられず)幽界で迷う

Aその人生においてほぼ合格点をとり、集合魂に戻る

このAの場合の集合魂に戻りますと、通常は集合魂の中に溶け込んでいきます。
そしてその人生で培った形質や癖、経験、感情、記憶などもすべて集合魂に吸収されてしまいます。

そして次にその集合魂から出てくる(地上に派遣される)魂は、前に出た人の記憶や形質を完全に備えているか、覚えているかといいますとそういうわけではありません。
大概は薄れてしまっているか、まったく関知していないことがほとんどです。
たまに新たに出る生において前のカルマの修正があるため、わざわざ前の記憶や傾向を植え付けてくる場合がありますがそれは稀です。

どうも私たちは「覚えている」とやりにくいようです。
いったん忘却して、その上でどう出るかは一種の恩寵かもしれません。


ですからあなたのお母さんが卑弥呼時代を覚えていないのは当然で、ましてや間に沖縄時代を挟んでいますから、余程のことがない限り思い出すこともないでしょう。

そもそもこれまでの宗教話や精神世界における前世譚が怪しいものだということです。
有名人や犬猫獣の類を前世に持つということはあまりありません。

だからお母さんのケースで卑弥呼の側近というときは少し驚いたのです。



虚空蔵55