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回答・メッセージ

虚空蔵55

2018/5/18 No.386

今はここにあまり書けなくなっていますが、それでも「現在進行形」で終末までの日記を書き続けています。

その中で先月の終わりから約半年後の11月20日まで続く変動の時期に入ったということがあります。
現象面ではあまり変化がないように見えますが、それまでのように陰始派とその反勢力が拮抗していたシーンがもっと大きな局面で盛り上がりつつあります。

これまでは地球対陰始のような図でしたが、今もベースは同じですが全宇宙を巻き込んでの綱引きのような様相を呈してきています。

感受性の強い方は感じておられるかも知れませんが、それだけではなく現象面でもその効果は徐々に顕著になっていくことと思われます。

皆様ご注意下さい


宇宙規模といいましたがその中の一つに「宇宙人たちの介入」というのがあります。
元々そういうのは多少あったのですが(誘拐とか解剖とか…アブダクションとかいうのでしょうか)、もっと大規模な人々への「洗脳」という形が始まっています。

まとめてみんな持っていこうという一寸恐ろしいことをやっています。

具体的には「楽しい方」「快楽を求める」という方向に導いて、道を外してしまおうという意図の洗脳です。
別に「楽しい事」は問題ないのですが、それが行き過ぎてしまうと、自らのエネルギーを害する方向に行ってしまうということになります。

次回この問題に対処する方法を書きます



虚空蔵55

2018/3/22 No.385

やっと春分が過ぎました

暑さ寒さも彼岸までということで、春の彼岸が明けたということのようです

今日までは宇宙全史のワークが動くことの許可が出なかったので、だんまりを決め込んでいましたが、可能ならば明日からは少しずつ皆さんの質問にもお答えしていこうと思います

まずは講師のRIEさんのURL(ホームページ)が変更になったようなのでSO&SOが変更してくれているはずです
ご覧になって下さい


それではそのうちまたお目にかかります

虚空蔵55

2018/1/31 No.384

まだ書くエネルギーがないのですが、今夜はスーパームーンの皆既月食ですから、やはり特別な日です。

今年の月読之大神からのメッセージは

「架ける」でした

今回の変革では覚醒に向かう人とそうでない人たちが大きく分かれていくことになります(以前からそういう傾向はありましたが、これからもそうですが、益々その方向性が強くなっていきます)


2月3日過ぎから大きな変化が徐々に出てきます


少しマシになりましたが、それにしてもきつい負荷でした

みわも私もヘロヘロになりましたが、本日はギリギリワークを消化しています

そんなわけで「エゴ」の本の執筆が遅々として進んでいませんが、夏までには何とかめどをつけたいと思っています
(これで覚醒する人が結構出る気がしています)


宇宙全史に関する質問、ご意見

名前
質問内容

どっぺん

2018/5/18 No.3583

虚空蔵55様 みわ様
ご指導ありがとうございました。飲むべきという言葉大変失礼致しました。夏至に飲ませていただきます。月読之大神 五井先生
いつもありがとうございます。

2018・5・17

どっぺん

2018/5/16 No.3582

2018・5・13
虚空蔵55様 みわ様
日々我々へ多大なるエネルギーを与えていただきましてまことにありがとうございます。
先日のご指導で、「平静さ」を育むために、あらゆる湧いて出てくる感情に触れてはいけないというメソッドをご教示いただき、早速実践をさせていただいておりますが、その効果は絶大であり、大変ありがたく思っております。
これまで単純にそういう感情をただ否定して、出てこないように力づくで押さえ込むような姿勢で居たことに気づかせていただけて、本来、真我の次元に静かに深くある平静さというものを目標として意識して、それを常に維持し、深化させて、近づいていくというメソッドのありがたさに驚いています。
「焦らず腐らず
さらに浮足立つこともなく
やるべきことを粛々と」を心がけて参ります。
それと日々の瞑想が深まってきており、少しずつ真我に向かって深く参入しているように感じます。月読之大神に「架けて」いただいているのだと身が引きしまる思いでおります。五井先生とタッグをお組みになられたということで、その深い意味は分かっておりませんが、ただただありがたく、世界平和の祈りを祈らせていただいております。月読之大神 五井先生 真に有難うございます。
そして、本日は私にとって非常に印象的な出来事がありました。
以前、虚空蔵55様に、2015/10/27 No.300で、自分のミイラを食べるという秘技を教えていただきましたが、私もその時点で、すぐに実家の母親に問い合わせ、探してみてもらったところ、ずっととってあったはずのへその緒がどうしても見つからない、引っ越しのときに紛失したのかもしれないという答えでしたので、諦めておりました。
その後それを全く忘れておりましたが、本日母の日でしたので、お祝いを持って家内と実家に出かけたところ、おもいがけないことに、古い木の箱に入った私のへその緒が出てきたと渡してくれました。一緒に小学校の級長バッジと中学、高校のバッジが入っており、温かい親の心をありがたく思いました。(サスケの朝日ソノラマのソノシートもおまけに出てきました。これは大好きでしたので大変うれしく、調べたら今年になって電子書籍化されておりましたので購入しました)
このことで質問させていただきたいことがあるのですが、私はこのミイラを食べるべきでしょうか。もしそうであれば、タイミングとして何かご教示いただけることがありますでしょうか。いつもお忙しいところ申し訳ありません。よろしくお願い申し上げます。


2018・5・15
虚空蔵55様 みわ様
追伸
イルプロラシオンの完全覚醒者の3人の内の一人がEO氏であることをご開示いただきましてありがとうございました。
これまで全然読んだことがありませんでしたので、調べてみましたら、ほとんど絶版のようで、早速まんだらけの通信販売で手に入るだけのCD-Rを購入させていただきました。これから読んでみます。
ご指摘の通り、私などのレベルで完全覚醒を云々するなど、本当におこがましいのですが、宇宙全史を学び続けます。
月読之大神 五井先生 いつも真にありがとうございます。どうぞよろしくお願い申し上げます。

どっぺん様

「私はこのミイラを食べるべきでしょうか。もしそうであれば、タイミングとして何かご教示いただけることがありますでしょうか」

●食べるべきというよりも食べてよしということですが

タイミングは「夏至」の日です



虚空蔵55


アレキサンドロス

2018/5/16 No.3581

虚空蔵様、みわ

このコメント欄は、宇宙全史に関する質問と、意見
を投稿するために用意された場所ですが、
今の現状の私の心情をどうぞ書かせて下さい。

私は、二十代前半からスピリチュアル・精神世界の本を購入して自分を変えたい、良くしたい、生活しているこの世界の真実を知りたいと思い、読み漁って実践してきました。(理解して取り込めたと思っていました)
2016年の熊本地震をきっかけに、宇宙全史の存在を知り本を少しずつ購入して、お祈りも数日前まで行ってきました。


私は二十代前半から何も変わって無かった。
屑のままでした。
相手の本当の姿、相手の真心を全く理解していなかった。自分の心情だけが最優先で、私の発する言葉に態度には、とてもじや無いですが、五井先生の世界平和・全ての存在が幸せでありますようにとお祈りする仕方は私には無いです。これは自己憐憫かも知れない。

人間の身体を限りあるもの、年齢と共に劣化し、病気や怪我などで一瞬で変化します。心・魂は変化しない永遠であり重要なのはそこなのに全くわかっていませんでした。

今の私は感謝の気持ちが無い、わかって無い。
自分自分で、同じ時間を共有・過ごしてくれる方の気持ちを察せれ無い。気遣え無い。

現状、二十代から結局何も変化出来て居ない屑な私ですがお祈りは手放さないで、お祈りの四行の意味が本当の意味で理解出来、自然と実践出来ますように。

五井先生ごめんなさい。
私に縁ある関わって下さる全ての存在に感謝申し上げます。ありがとうございます。

2018・5・13

いくと

2018/5/16 No.3580

虚空蔵55様、みわ様

ご回答ありがとうございます。

●エネルギーについて

肉体よりのエネルギーだったから、感覚が分かりやすかったということだったのでしょうか。おかげさまで、頬、胸部、肩周り、腰、踵など、全体的に少しずつ調整が進んでおります。

スポーツクラブの人達を見ていますと、このような身体の変化はようやく人並みに近づけている感じかな、という気がいたします。

このエネルギーを受け取ったのは、ちょうど夜の幽玄な雰囲気を楽しんでいたときでした。「ずっと昼の世界に居すぎたなあ」と反省して、暗闇に意識を漂わせていました。たぶんそれでエネルギーを受け取りやすい状態に、その時はなっていたのだろうと思います。

こういう書き方をすると何やら意味ありげですが、そういうつもりはなく、とにかくいい感じにリラックスできていた時の出来事でした。


> それはあなたの集合魂があなたの守護霊を使って入れています。

No.3543のご回答に

「@この後の質問にも関わっていますが、分かりやすくいいますとエネルギーを流入させるには集合魂の応援が必要ですが、祈りの効果で集合魂が上昇気流に乗れるため、相乗効果で地上のあなたにもエネルギーがおすそ分けされます。
(この言い方には語弊があるのですが、今は修正しないままにしておきます)」

とございますが、この例が分かりやすい形で顕現したものかと理解しております。


ちなみに、呼吸も少しずつ整えられるようになってきて、気の統一という感覚にほんの少しだけ触れられるようになってきました。

この感覚を充実させることができたら、余計な雑念にとらわれにくくなるだろうと思っています。



●家族について

また夢の話になってしまうのですが、あの後、父実家の仏壇の前に居る夢を見ました。嫌な感じはなく、またすぐに地元に帰る予定もあり、少し気になっていました。

私実家で寝泊まりするのは不信感があるので車中泊をして、翌日、迷いながらも結局は仏壇を確認することになったのですが、見てみると手入れが必要な状態で、「なるほど」と妙に納得して簡単に手入れをさせていただきました。

これがきっかけで、現実に処理すべきことがあり、それは家族と協力してやることであると認識することができたので、ひとまずはそれを一緒に片付けることに致しました。

話が逸れてしまいますが、早速その処理に取り組み始めたところ、宗教勧誘が来やがりました。せっかく気を入れて物事に取り組もうとするタイミングで、こういうやからが来るというのは、なかなかどうして油断ならないなあと改めて思います。

僕にとって家族に関することは、ちょっと神経を使うといいますか、気が抜けない印象がありますので、そこは注意しながら処理すべきことを処理したいと思っています。


●エゴについて

やはり夢の話になります。以前、小悪魔の姿をしたエゴと夢の中で対峙しましたが、また自分のエゴと思われるものと遭遇しました。

二匹(二人)いまして、容姿は妖怪人間ベロが妖怪化したときの姿に似ていました。僕は「早く人間になりたい」と思っていた時期がありましたので、その思いが反映されていたのだと思います。

二匹と言いましたのは、動きが実家で飼われている二匹のワンちゃんの動きだったからです。一匹はよく懐いて近づいてきて、一匹はこちらを気にしながらも遠くにいるのですぐ分かりました。

総合して、見た目はすごく気持ち悪いが、しかしながら無碍にもできないという感じで、適当にあしらっていました。

小悪魔のときは多少恐い気持ちもありましたが、今回は最初に驚いたぐらいで済みました。これも大難を小難にしていただいているということだと思います。


> 例えばあなたの場合、夢というシチュエーションでちゃんと自覚できています。

有り難いことに自覚できているのは、ここでの教示があったからこそです。有難うございます。

思い返せば、ここを知って間もない頃、夢でエジプト(風?)の壁画を見ましたが、それも守護霊様が私に質問を書き込ませるためにしたこと、ということでした。単に僕はこういうやり方が分かりやすいということですよね。なんとなく面白いなあと思います。当たり前と言ったら当たり前なんでしょうけども、守護霊様は本当によく僕のことを分かっていらっしゃるなあと、つくづく思わされて。


最近は仏教に興味を持ち始めて読書するのですが、道元さんが「正法眼蔵」で紹介されている人物達の話を読んでいますと、その求道の精神に感銘を受けます。そこに記されている真剣な思いに触れますと、そこから翻って、「祈り」がもたらされていることの僥倖に思いを馳せらされます。

深遠なところは中々理解が及びませんが、私も自分の心を明らめたいと思った次第です。


また、お礼が遅くなって申し訳ございません。以前の一連の質問をさせていただいたときに、ある晩に頭頂部からスッと悪い気が抜ける感覚がございました。おそらくはこちらで処理していただいたものではないかと、直観的に思われました。いつもいつも本当に有難うございます。(思い違いでなければ良いのですが…)

2018・5・11

RIE

2018/5/16 No.3579

2018・5・7
虚空蔵55様 みわさま 


こんばんは。いつも長い質問に、詳細に回答して頂き、ありがとうございます。頂いたひとつひとつの回答を熟考して、自分の中に落とし込んでおりました。


「意識領域」「無意識領域」「不可知領域=真我(実存)」並べてみると、確かに曖昧に捉えていたことに気づきました。


>「無意識領域というのは、普通の意識領域と同じカテゴリー(領域)にあるもので、ただ、視点が異なる立場からみると、言い方が変わるだけなのです」と
いう回答は、なるほど!と目からウロコでした。


もし、無意識領域のことを物理的、意識的に単なる「盲点」というのであれば


>「無意識という領域を知らない存在、立場によって無意識の領域は存在しなくなる」これは、


一流の霊能者、もしくは境涯が上がり、限りなく神の立場に近づけば、五感の知覚だけで認識している、人間の表面意識とは異なり、多角的多次元的な視点から全てを観れるので、盲点(無意識領域)も限りなく少なくなる、そういう人もいる…ということなのでしょうか?


宇宙全史に導かれる1か月位前に「エメラルドタブレット」という本に出会いました。「アメンティ・ホール」という言葉の意味を探していて遭遇した本だったのですが、その後、すぐに宇宙全史にご縁して読み始めたので、神官トスが書いた本であるエメラルドタブレットはよろしくないのだと思い、読むのを辞めました。ただ、そこに書かれていたアメンティホールという領域のことは気になっていました。「アメンティホール」と「真我」の不可知領域とは同じものなのでしょうか?


(エメラルドタブレットに出会った直後に、間髪入れずに宇宙全史に出会ったのですが、エメラルドタブレットに縁する直前、かなり怪しい、それも明確なメッセージを受け取っていたので、いつか、確認させていただきたいと思っておりました。また次の機会にでも質問させていただこうと思っています)よろしくお願い致します。


世界が平和でありますように…
私たちの天命が全うされますように…。
月読之大神さま、五井先生
いつも、ありがとうございます。


RIE様

「一流の霊能者、もしくは境涯が上がり、限りなく神の立場に近づけば、五感の知覚だけで認識している、人間の表面意識とは異なり、多角的多次元的な視点から全てを観れるので、盲点(無意識領域)も限りなく少なくなる、そういう人もいる…ということなのでしょうか?」

●その通りですが「神」にも色々あるということをよく覚えておいてください



「「アメンティホール」と「真我」の不可知領域とは同じものなのでしょうか?」

●違います
何といいますか…いってしまえば形の中の世界の一つです



虚空蔵55

hami

2018/5/16 No.3578

虚空蔵様 みわ様

いつもありがとうございます。

先程書いたばかりですが、
書こうと思っていた事の本題をすっかり忘れていました。
もう一度書かせて頂きます。

先日、久しぶりに本の整理を
していました。

ずっと前に書いたことがあると思うのですが、
無明庵様が亡くなる前に、ご自身で書籍のセールを
されていて、私はその時に一冊、本を買わせて
頂いたのですが、
その時に、受け取りにブッククラブ「回」という
精神世界の本を扱うお店に受け取りに行きました。

たまたま、その時の、回さんの無料の小冊子の
特集が無明庵様のインタビューでした。

JAXAに行ったりの前だったのと、難しい文章が
読めなくなっていたので、斜め読みした程度だったのですが、
先日、整理をしているときに出てきたので、
読んでみました。

そうして、最後に番外編の取材内容については
下記をご覧下さいというURLが載っていたので
そのページを読んでみました。
http://www.mumyouan.com/k/?S631
こちらです。

そこに虚空蔵様のお名前が出ていましたので、
お知らせしようと思いました。

個人名が出ているのは虚空蔵様だけでした。
どういう状況だったのかは私には分かりませんけれど、
お金の苦労もされたみたいだし、
多分、まんだらけで出版してもそんなに売れなかった
と思うし、出版して貰って感謝しているのではないでしょうか?
多分、そうい事を言いたいのではないかと思ったのです。
EO氏が亡くなった事はすっ飛ばしていますが・・・。

小冊子の方はVOL.103です。

これから神々の欺瞞なども暴かれて、
人間が独立するような取り組みが現れて来るだろうとおっしゃっていますので、
それが宇宙全史の事なのではないかなと思いました。

回さんの小冊子で無明庵様の特集をするのは最初で
最後とのことだったので、
行ったときに偶然入手出来たのは良かったなと思います。

いろいろとありがとうございます。

hami

2018・5・4

2018/5/16 No.3577

2018・4・16
@虚空蔵55様、みわ様、五井先生、月読之大神、いつもありがとうございます。

 大日如来だけ仏陀の系譜と毛色が違ったので納得しました。求聞持法も大日から来たのですね。



 太陽神の位置づけを教えてください。「太陽は地球の母」と書かれていましたが、太陽神の一派として地球神が連なる、と考えればよろしいでしょうか。それとも、お互い自立した存在として在るのでしょうか。

 また、太陽の母にあたるものは何でしょうか?太陽系自体、もしくは、天の川銀河や天の川銀河核でしょうか。それとも、スピリチュアル業界でよく聞く、グレート・セントラル・サンというようなものがあるのでしょうか。

 それではよろしくお願いします。



2018・4・29
A虚空蔵55様、みわ様、五井先生、月読之大神、いつもありがとうございます。

> 人の無意識領域は単に人が意識していない(出来ない)領域に過ぎず「意識していない領域」はその人により様々です。

 エゴが認識できる領域は3次元が中心なのは当然として。4次元以上を正しく認識できる?出来ない?

 エゴでない、人が認識出来る限界は6次元の集合魂やカルマまでと思うのですが、それであってますでしょうか。

 いわゆる「神」と呼ばれている存在は、それより高次の次元(7次元以上)を認識できるのではないでしょうか。

 それではよろしくお願いします。
海様

ちょっとおかしな方向に向いてしまっていますね

せっかくここに縁をお持ちになったのです


お祈りを忘れないように



虚空蔵55



麦茶

2018/5/16 No.3576

虚空蔵55様

ご返答いただきありがとうございます。

ぼんやりと疑問に感じていた部分を分かりやすくご説明いただけて、非常にありがたいです。

おっしゃるような、「この世を楽しむだけの力もないので、欲望や快楽をあきらめてしまっている」状態にまさになっています。
以前友人から「あなたは知識欲がないよね」とか「あなたは他人に興味ないでしょ」と言われた事があって、それも自分がこの世を楽しもうとしていない現れなのかなと思います。
そういう気分が高まる、ネガティブな気分になる時にそれを突き詰めて考えたことがあったのですが、
「では何のために生きているのか」
「生きていたくないな」
「守護霊様や守護神様に申し訳ないな」
という思いとともに、虚空蔵55様がおっしゃられているように
「そもそも何故この世を捨てていかなければならないのか」
という疑問に行き着きます。
それはエゴの本にて拝読できるとのことで、出版される日を心待ちにしております。

神々のお話が出てきましたが、以前の自分へのご回答をいただいた中にも神様のお話を頂戴したことがありました。
そこも詳しくエゴの本にあるのならばそれも興味深いです。
「感情」とは、「共感」とは…
今の自分には説明するだけの材料すらない言葉のように思います。
エゴの本にて詳しく知れることを楽しみに、
日々の中では感謝を忘れずに、
そして楽しむことをあきらめてしまっている状態をこれから自分でどうしていこうか、考えていきたいと思います。
貴重なご指導、ありがとうございました。

2018・4・26

RIE

2018/4/28 No.3575

虚空蔵55さま みわさま 月読之大神さま

こんばんは。
私の長い質問に、丁寧にお答えして頂き、ありがとうございました。回答が大変、興味深くもあり、また新たに謎が出てきたので、質問と確認をさせてくださいませ。


@通常の集合魂のルールは、前世の派遣と今世の派遣では、特徴は引き継がないというのが一般的。しかし、芸術家や音楽家の集合魂のように一種の専門分野を極めようとする人々は引き継ぐこともある。私や母の場合も、そのような集合魂という受け止め方で良いですか?


A今回の回答で、私の集合魂は「オリオン星系」とのことでしたが…以前には、プレアデス星系から来ていると書いて頂いています。ちょうど、2016年の暮れから2017年初頭あたりの質疑応答だったと思います。以下


>実はあなたも宇宙人なのです。ただNさんと異なりあなたは約1億年前に地球に降りてきているプレアデス系の宇宙人です。

>惑わせてしまったのは私のせいで、OSさんは立派なイルプロラシオン(という惑星出身)ですが、あなたはイルプロラシオン星系ではあるのですが、プレアデスの影響が強いところから来ています。イルプロラシオン星系は結構広い星系で、どこからどこまでがという具合にキッチリと分けることが中々難しいところです。

>ですからイルプロラシオンの特徴である「支配されたい」という観念に強く凝り固まった魂ではなく、もう少し自由な「探求したい」という比重が大きい魂です。


という内容でしたので、私は当初、伝えて頂いていたイルプロラシオンではなくプレアデスなのだなと理解しておりました。ですが、今回の回答ではオリオン星系。これは、どう、捉えたら良いのだろうか?と思っております。出自の星と地球の6次元での集合魂というのは、また違ってくるものなのでしょうか?


B今回、オリオンの傾向として書いて頂いている

>オリオンは良くも悪くも外見を気にします。それもものすごく。人にどう思われるか、どう思われるかの自分を真っ向からイコールにしたいという、自分のプライドと世間体を同等にしたいという傾向性が強いのです。


文体だけをそのまま受け止めた時、これは、私の形質なのか?と何度、熟考してみても、私の中には限りなく無いに等しいものだと思えたのです。確かに、見栄や外見、ブランド、世の流行りを求めることも、グルメもファッションも女子的発想にも興味はなく、それはその通りです。


明確にあるのは、時代が大きくシフトしている今、ご縁ある方の魂が、少しでも盲目状態から目覚め、新たな善き時代の地球へと移行して頂くために、魂の進化成長に貢献できる在り方が、どうしたらできるのかという、私が自覚している志を成すことと


同時に現状、協会を運営、継続させるという責務もある以上、プライドと世間体を同等にしたいというよりも、その役割も踏まえ、人々に「どう分かりやすく、効果的に見せたら良いのか」という「見せ方」を一生懸命、考えることはあります。


私個人の根底に在るのは、人は人、私は私。人と比較したり、世間に合わせ、世間体というものを気にすること自体、愚かで、そういう観念が進化を阻むのだと常に思えている位なのです。


とはいえ、私には観えていない視点で観ておられると思うので、月読之大神さまと虚空蔵55さまとがおっしゃる、きらびやかな美意識というのは、こういった私の思考そのものを指す、ということなのでしょうか?


C私が最も理解できたのは、宇宙全史の講師の認可を出して頂いているのは「押しつけがましい」ところと書かれたくだりでした。笑ってしまいました^^。これは、通称「辛子レンコンラブ」のことだと思いました。うちの協会では誰もが知る、文化のようになっています。こちらも、私の以下の有り様のことなのか確認させてくださいませ。


18年以上前位だったと思いますが、ある時、私は「不動明王」の有り様で生きようと決めたことがありました。今もその時、決めた有り様で生きているといえます。不動明王が、押しつけがましいかどうかは分かりませんが…


実は、そう決める以前は「聖母マリア」を理想としてかかげ、ヒーリングやセラピー、カウンセリングをやっていました。現在の私を知っている人に話すと、皆、笑うのですが、その時の屋号は「ふろ〜ら〜る、ひ〜りんぐ」で、私の本来のエネルギーとは、かけ離れた、やわらかい、ひらがな名でした。


当時の私は、ヒーラーとは「聖母マリア」のようなイメージであり、どんなクライアントさんに対しても「共感」「寛容」「愛」「癒し」「調和」「ひたすら受け止める」をモットーにやっていました。しかし、それをやればやるほど、魂胆がある男性や、いつまでも依存する人、被害者意識で言い訳ばかり言う人を引き寄せて、理想としていた魂の癒し、進化成長とはならず、経済的にもイマイチで、私自身が疲れ果てました。


人の痛みや人生における苦しみは、根源的に、その人が観ないといけないものを気づかせんがために事象として浮上していると分かってきていたのですが、ヒーラーは、私の中で「優しくあるべき」のイメージが強くて、勇気を持って、目の前の人に、そのことを伝えるだけの術も、言葉も、覚悟も、当時は持ち合わせてはいませんでした。何より、私自身が自分に全く、正直ではなかったのです。


ある時、はたと、これまでは全部、私自身の学びで、私は聖母マリアのエネルギーではなく、人々の煩悩を炎で焼き尽くすことで愛を現わす「不動明王」のエネルギーのほうにこそ、近い気がする、聖母マリアも不動明王も、それぞれの愛の現れ方が違うだけならば、私は「不動明王」の有り様で生きる方が、私らしい。であるならば、そっちを選ぶ、と決めたのです。


自分に不正直な在り方をしていた、ヒーラーやカウンセラーは辞め、屋号も「キャリア・プロデュース」に即、変えました。言いたいこと、伝えたいことを言わない人ではなく、魂の進化成長において、もっとも大事だと思うことは、例え、相手に嫌われようとも、その縁が一期一会になったとしても、その人が後に振り返った時、気づきとなるインパクトとしての価値を、伝えられる人で在れればいい。


そう思い、更に、自ら温めていた内容をテキストにして、トータルバランスセラピスト養成講座を開き、志事の路線も講師やコーチ、個人コンサルに変えました。全国を飛び回るようになり、それからOS先生に出会い、更に様々な経験や事象から学び、ステージアップを繰り返し2014年には協会を創って今に至っています。


麦茶さんが書かれていた「共感」や「優しい言葉を求める」のが今の世の主流とするならば、私は、その耳心地の良いものだけを求めすぎる根底にあるものを観て!というようなことを言うので時に、冷たい人とか、強すぎると、思われるのかもしれません。


不都合な出来事が起こると、周りに共感だけを求め、観ないといけない自分自身から、目を背け続ける世の中の人々の傾向に合わせるよりも、不都合に満ちた、この時代を選んで生れた魂達がレベルアップする為に、些細であっても、何らかの礎となり、学びとなり、インパクトになれたら本望だ位に思えているのです。


これが日頃ベースとして思う思いで「不動明王」の如く在る「辛子レンコンラブ」なのですが、このような、押しつけがましい在り方が、月読之大神さまから観たら宇宙全史の講師として認可して頂けている所以でもあると、受け止めて良いのでしょうか?


D最後にもうひとつ
「視点が逆転しつつあるのは、いいことじゃやない」についてなのですが、もしかしたら、ニュアンス的に、違う意図で受け取られて回答を頂いているのかも…と感じましたので、改めて、確認させてくださいませ。下記に書かせて頂く意図も、了承済みのことでの回答でしたら、申し訳ございません。


私に浮かんだ「今、ようやく人類の意識の探求の扉の前に立った…」というインスピレーションから受け取った言葉の意図は、どっぺんさんのように、日々、瞑想され、実存の領域を目指し、そこに到達していくことでの探求ということを、意図したことではありませんでした。


先に、いろいろ書かせて頂いたように、私自身の自覚している役割を成していくための幅として、ステップアップとして、目に見えるものも人生も、全てが、ひとつの意識の源「I am that」という創造性の意識から出来上がっているのだと
理解した時、人間の無自覚領域にある意識を探求し、何らかの論理やコンテンツ、スキルやワークを構築していきたいという思いに結びついたものでした。


多くの人が、より良く変わりたいと表面意識でいくら願っても、それを阻む「無意識の根底にある、強固に根付いている何らかの負の信念や思い込み、透明なエゴ」に、気づくことができないと、表面上の意識で何を学んでも、選択しても、


辛子レンコンをいくらしても、結局は、その根底にある強固なエゴや信念が人生全般、見えない領域にさえも影響し、現実を作ってしまうと認識しています。だからこそ、祈りなのだとも理解しています。


あまりに強固な根底にある負の信念を持つ人は、祈りさえもままならない。しかし、同時に、現実の不都合を通じ、その根底にあるものを深堀り、浮上させて、選び直す、その論理と術を見出せば、もっと楽に、人はより良い変化への気づきが進むのではないかと、その時に、思えたのです。


そこから現実が、上手く行かない人の、根底を探れば探るほど、陰始の毒矢にかかったような、自己を破滅させたいというニュアンスを持つ、無自覚の思いがある人も多いように思わなくもないと気づきました。各々、それを自覚したならば、自分では、どうしようもない愚かさに、人は真剣に祈り、自覚したエゴを薄めようと努力するのではないか…と。


この約4年で、因果律からなる「人生の地図」と新たな時代への方向性を、分かりやすくNE運命解析学として創ったのですが、今度は、因果律から解放される為の「具体的な地図の歩き方」を探求できれば…という意図でもあったのです。このように意図したことは「視点が逆転しつつある、いいことじゃない」ということになりますか?


相変わらず、長文になってしまい、すみません。思いの丈を書くと、どうも、毎回こうなってしまいます。お手数かとは思いますが、どうぞ、よろしくお願い致します。


世界が平和でありますように
私たちの天命が全うされますように…
月読之大神さま
五井先生、慈悲の無い世界で
慈悲を、いつもありがとうございます。

2018・4・27

@通常の集合魂のルールは、前世の派遣と今世の派遣では、特徴は引き継がないというのが一般的。しかし、芸術家や音楽家の集合魂のように一種の専門分野を極めようとする人々は引き継ぐこともある。私や母の場合も、そのような集合魂という受け止め方で良いですか?


●アーティストの集合魂は一種の精霊のようなもので、地上での輪廻からは少し外れたところにある者たちです(精霊っぽくない者もおりますが)。
もちろんそれでも地上に降り立つ限りはその制限(輪廻)の輪の中に取り込まれてしまいますが、それでもエネルギー量の多さから人の魂ほどがんじがらめになることはないようです。
あなたの場合はそういう魂ではなく、一定の天命をお持ちですが、通常の集合魂として地上での修業は存在しています。



A今回の回答で、私の集合魂は「オリオン星系」とのことでしたが…以前には、プレアデス星系から来ていると書いて頂いています。ちょうど、2016年の暮れから2017年初頭あたりの質疑応答だったと思います。以下


>実はあなたも宇宙人なのです。ただNさんと異なりあなたは約1億年前に地球に降りてきているプレアデス系の宇宙人です。

>惑わせてしまったのは私のせいで、OSさんは立派なイルプロラシオン(という惑星出身)ですが、あなたはイルプロラシオン星系ではあるのですが、プレアデスの影響が強いところから来ています。イルプロラシオン星系は結構広い星系で、どこからどこまでがという具合にキッチリと分けることが中々難しいところです。

>ですからイルプロラシオンの特徴である「支配されたい」という観念に強く凝り固まった魂ではなく、もう少し自由な「探求したい」という比重が大きい魂です。


という内容でしたので、私は当初、伝えて頂いていたイルプロラシオンではなくプレアデスなのだなと理解しておりました。ですが、今回の回答ではオリオン星系。これは、どう、捉えたら良いのだろうか?と思っております。出自の星と地球の6次元での集合魂というのは、また違ってくるものなのでしょうか?


●宇宙全史における情報開示には様々なパターンがあります。
単純に私の勘違いもたまにありますが、大体は開示基準というのがありまして、その人の進度に応じた開示が行われています。

例えば私の場合、私の本体が遊撃手だと明かされたのはこのワークの中頃より後だったはずです。
それまでは非公開情報でもお馴染みの私の受け持ったカルマとのあがきが象徴していますように、私は「魔導師」そのものだったはずです(厳密にいいますとすでに五井先生が入っておられたので100%ではなかったのですが)。
しかし私の境涯が変わっていくと遊撃手という正体が明らかにされ、現在では更なる在り様も徐々に降ろされています。
(例えば何年か前にここで虚空蔵菩薩(アカシックレコードの神格版ですが)の眷属の白蔵という存在が私についていると書いたことがありましたが、この白蔵は虚空蔵の五色の有様の白、赤、青、黄、黒の中の法界虚空蔵という森羅万象を縦横無尽に包括する者、それが白蔵という存在になります)

あなたの場合も同じで基点はオリオンですが、イルプロラシオンはもちろんプレアデスの要素を学びの過程で受けています。
当時は大きく影響を受けているイルプロラシオンとプレアデスの気配が強くオリオンの要素は発現していなかったので降ろされていません。
人は魂の成長過程での深度や練度によって奥底に秘められた発現しない要素を明らかにすることでまた一層の飛躍を遂げることが可能となるのです(もちろん人にもよりますが)。



B今回、オリオンの傾向として書いて頂いている

>オリオンは良くも悪くも外見を気にします。それもものすごく。人にどう思われるか、どう思われるかの自分を真っ向からイコールにしたいという、自分のプライドと世間体を同等にしたいという傾向性が強いのです。


文体だけをそのまま受け止めた時、これは、私の形質なのか?と何度、熟考してみても、私の中には限りなく無いに等しいものだと思えたのです。確かに、見栄や外見、ブランド、世の流行りを求めることも、グルメもファッションも女子的発想にも興味はなく、それはその通りです。


明確にあるのは、時代が大きくシフトしている今、ご縁ある方の魂が、少しでも盲目状態から目覚め、新たな善き時代の地球へと移行して頂くために、魂の進化成長に貢献できる在り方が、どうしたらできるのかという、私が自覚している志を成すことと


同時に現状、協会を運営、継続させるという責務もある以上、プライドと世間体を同等にしたいというよりも、その役割も踏まえ、人々に「どう分かりやすく、効果的に見せたら良いのか」という「見せ方」を一生懸命、考えることはあります。


私個人の根底に在るのは、人は人、私は私。人と比較したり、世間に合わせ、世間体というものを気にすること自体、愚かで、そういう観念が進化を阻むのだと常に思えている位なのです。


とはいえ、私には観えていない視点で観ておられると思うので、月読之大神さまと虚空蔵55さまとがおっしゃる、きらびやかな美意識というのは、こういった私の思考そのものを指す、ということなのでしょうか?


●例えそれが煌びやかなオリオンの美意識であろうとなかろうと「エゴ」には変わりはないのです。
しかしそれを俯瞰するにはまだまだ精進がいるようです。
それが高校生と大学生の大きな差なのですが。

そしてそれにこだわる限り精神世界の大学という課程には進めないということになりますが、地上を含むこの宇宙の「形の世界」「現れの世界」で生きていきたい、嫌なことも悪いこともあるだろうけど、もっとこの世界を探求してみたいし、もっと楽しみたいというのならもちろんそれもありです。

この問題は時を待たざるを得ません。



C私が最も理解できたのは、宇宙全史の講師の認可を出して頂いているのは「押しつけがましい」ところと書かれたくだりでした。笑ってしまいました^^。これは、通称「辛子レンコンラブ」のことだと思いました。うちの協会では誰もが知る、文化のようになっています。こちらも、私の以下の有り様のことなのか確認させてくださいませ。


18年以上前位だったと思いますが、ある時、私は「不動明王」の有り様で生きようと決めたことがありました。今もその時、決めた有り様で生きているといえます。不動明王が、押しつけがましいかどうかは分かりませんが…


実は、そう決める以前は「聖母マリア」を理想としてかかげ、ヒーリングやセラピー、カウンセリングをやっていました。現在の私を知っている人に話すと、皆、笑うのですが、その時の屋号は「ふろ〜ら〜る、ひ〜りんぐ」で、私の本来のエネルギーとは、かけ離れた、やわらかい、ひらがな名でした。


当時の私は、ヒーラーとは「聖母マリア」のようなイメージであり、どんなクライアントさんに対しても「共感」「寛容」「愛」「癒し」「調和」「ひたすら受け止める」をモットーにやっていました。しかし、それをやればやるほど、魂胆がある男性や、いつまでも依存する人、被害者意識で言い訳ばかり言う人を引き寄せて、理想としていた魂の癒し、進化成長とはならず、経済的にもイマイチで、私自身が疲れ果てました。


人の痛みや人生における苦しみは、根源的に、その人が観ないといけないものを気づかせんがために事象として浮上していると分かってきていたのですが、ヒーラーは、私の中で「優しくあるべき」のイメージが強くて、勇気を持って、目の前の人に、そのことを伝えるだけの術も、言葉も、覚悟も、当時は持ち合わせてはいませんでした。何より、私自身が自分に全く、正直ではなかったのです。


ある時、はたと、これまでは全部、私自身の学びで、私は聖母マリアのエネルギーではなく、人々の煩悩を炎で焼き尽くすことで愛を現わす「不動明王」のエネルギーのほうにこそ、近い気がする、聖母マリアも不動明王も、それぞれの愛の現れ方が違うだけならば、私は「不動明王」の有り様で生きる方が、私らしい。であるならば、そっちを選ぶ、と決めたのです。


自分に不正直な在り方をしていた、ヒーラーやカウンセラーは辞め、屋号も「キャリア・プロデュース」に即、変えました。言いたいこと、伝えたいことを言わない人ではなく、魂の進化成長において、もっとも大事だと思うことは、例え、相手に嫌われようとも、その縁が一期一会になったとしても、その人が後に振り返った時、気づきとなるインパクトとしての価値を、伝えられる人で在れればいい。


そう思い、更に、自ら温めていた内容をテキストにして、トータルバランスセラピスト養成講座を開き、志事の路線も講師やコーチ、個人コンサルに変えました。全国を飛び回るようになり、それからOS先生に出会い、更に様々な経験や事象から学び、ステージアップを繰り返し2014年には協会を創って今に至っています。


麦茶さんが書かれていた「共感」や「優しい言葉を求める」のが今の世の主流とするならば、私は、その耳心地の良いものだけを求めすぎる根底にあるものを観て!というようなことを言うので時に、冷たい人とか、強すぎると、思われるのかもしれません。


不都合な出来事が起こると、周りに共感だけを求め、観ないといけない自分自身から、目を背け続ける世の中の人々の傾向に合わせるよりも、不都合に満ちた、この時代を選んで生れた魂達がレベルアップする為に、些細であっても、何らかの礎となり、学びとなり、インパクトになれたら本望だ位に思えているのです。


これが日頃ベースとして思う思いで「不動明王」の如く在る「辛子レンコンラブ」なのですが、このような、押しつけがましい在り方が、月読之大神さまから観たら宇宙全史の講師として認可して頂けている所以でもあると、受け止めて良いのでしょうか?


●あなたがここの講師を務められているというのはそういうことではありません。
あくまでも陰始の影響をあまり受けていないという一点に尽きるのです。
どんなやり方、どのような教え方でもそれはその人それぞれです。
もちろん一定水準の立場にないと講師にはつけませんが、それでもそこに立つことが出来るかどうかはひとえにその人の陰始度の薄さによるのです。

「押しつけがましい」というのはオリオンの有様で、どちらかというとエル・ランティに似ていないこともないですね。
あれはすごいですよ…豪華絢爛で煌びやかですが…あなたの煌びやかはそういう物質的なところではないのですが。
またあんなに陰始にがんじがらめにされてはいませんが、独特の美意識をお持ちだという点は同じかもしれません。
何といいますか「こういうやり方でないとダメ」という感じでしょうか。


D最後にもうひとつ
「視点が逆転しつつあるのは、いいことじゃやない」についてなのですが、もしかしたら、ニュアンス的に、違う意図で受け取られて回答を頂いているのかも…と感じましたので、改めて、確認させてくださいませ。下記に書かせて頂く意図も、了承済みのことでの回答でしたら、申し訳ございません。


私に浮かんだ「今、ようやく人類の意識の探求の扉の前に立った…」というインスピレーションから受け取った言葉の意図は、どっぺんさんのように、日々、瞑想され、実存の領域を目指し、そこに到達していくことでの探求ということを、意図したことではありませんでした。


先に、いろいろ書かせて頂いたように、私自身の自覚している役割を成していくための幅として、ステップアップとして、目に見えるものも人生も、全てが、ひとつの意識の源「I am that」という創造性の意識から出来上がっているのだと
理解した時、人間の無自覚領域にある意識を探求し、何らかの論理やコンテンツ、スキルやワークを構築していきたいという思いに結びついたものでした。


多くの人が、より良く変わりたいと表面意識でいくら願っても、それを阻む「無意識の根底にある、強固に根付いている何らかの負の信念や思い込み、透明なエゴ」に、気づくことができないと、表面上の意識で何を学んでも、選択しても、


辛子レンコンをいくらしても、結局は、その根底にある強固なエゴや信念が人生全般、見えない領域にさえも影響し、現実を作ってしまうと認識しています。だからこそ、祈りなのだとも理解しています。


あまりに強固な根底にある負の信念を持つ人は、祈りさえもままならない。しかし、同時に、現実の不都合を通じ、その根底にあるものを深堀り、浮上させて、選び直す、その論理と術を見出せば、もっと楽に、人はより良い変化への気づきが進むのではないかと、その時に、思えたのです。


そこから現実が、上手く行かない人の、根底を探れば探るほど、陰始の毒矢にかかったような、自己を破滅させたいというニュアンスを持つ、無自覚の思いがある人も多いように思わなくもないと気づきました。各々、それを自覚したならば、自分では、どうしようもない愚かさに、人は真剣に祈り、自覚したエゴを薄めようと努力するのではないか…と。


この約4年で、因果律からなる「人生の地図」と新たな時代への方向性を、分かりやすくNE運命解析学として創ったのですが、今度は、因果律から解放される為の「具体的な地図の歩き方」を探求できれば…という意図でもあったのです。このように意図したことは「視点が逆転しつつある、いいことじゃない」ということになりますか?


●まずあなたの誤解から説明しておきます。

人の無意識領域=真我(実存)

ではありません。
人の無意識領域は単に人が意識していない(出来ない)領域に過ぎず「意識していない領域」はその人により様々です。
極端にいいますと無意識という領域を知らない存在さえいるのです。
ちょっとわかりにくいかも知れませんが、立場によって無意識の領域というのは存在しなくなります。

つまり無意識領域というのは努力すれば(あなたの仰るように)そこから様々なものを持ってくることは出来ますが、不可知領域である真我(実存)からは何ものも持ってくることなど出来ないのです。

真我(実存)という領域は「人間の無自覚領域」というようなものではなく、そういう領域すらも遥かに超えた在り様なのです。
あなたは通常の人間の「無意識領域」と「真我(実存)」の「無」を混同している、或いは同じものとしてみています。
もっといいますと通常の「無意識領域」というのは普通の意識領域と同じカテゴリー(領域)にあるもので、ただ視点が異なる立場から見るといい方が変わるだけなのです。

ですからあなたの仰るように無自覚領域から何やかやを引っ張り出してきて地上の何やかやの役に立てるということは出来ないことではありませんが、やっていることは同じく現れの世界において動き回っているだけのことになります。


これまでこの宇宙全史のワークでは不可知である真我の詳細な言及はなるべく避けていました。
そもそもそこに関して何かを言及するなどということは原理的に出来ない領域ですから、どう理解して頂ければいいのでしょうか(と最近は悩みまくっている私です)。


上記のことはさておきましてあなたが新たにやっておられるカリキュラムはあくまでも地上のカリキュラムでして、それがあなたの視点の逆転につながっているわけではありません。
もちろん現状あなたが精いっぱい考えて実行しておられるカリキュラムはそれはそれでいいのです。
そうやってあがいていく中での修業というのがあなたのやり方になっています。
しかしそれが視点の逆転につながることはありません。

「逆転しつつある」といわれているのは「エゴが薄くなりつつある」と同義なのです。
あれこれやって、色々あがいて、すったもんだしてやがてそういう中であなたはいつしか「ああこれは必要なかったんだ」と知る日が来るかもしれません。
或いはもっともっとと様々なカリキュラムを工夫して、素晴らしいシステムを構築し、多くの人々に喜ばれるかもしれません。

どうなるかは私の関知することではなく、あなたの望むとおりに進行していくことでしょう。

しかしそこで現状月読之大神は「逆転しつつある」と仰ったわけですから、その行く末は(私にとっては)楽しみなことかも知れません

麦茶

2018/4/25 No.3574

虚空蔵55様、みわ様、月読之大神様、五井先生、いつもありがとうございます。

皆様への質疑応答を拝見し、自分には全然出来ていない!という改めての気づきをいただきありがとうございます。
うまく理解できない部分があったので、質問させてください。

どっぺん様への回答(no3570)の中で、
湧き上がる感情に触れてはいけないというお話がありました。
これまで、腹が立った時はこれはエゴだから気にするな、
という風に回避を試みられる事はありましたが、
(最近は感情を抑えられない事が多くて、
とても回避できているとは言い難いので気をつけます)
「感激」「楽しみ」までも触れてはいけないという事にとても驚きました。
RIE様への回答(no3567)にて、死後の二通りの在りようをご説明いただいている中で、「現世で思い残したらいけないんだ」とざっくりと理解しており、
以前書かれていたカルマについてのお話からも「全てにおいて後悔なく生きればカルマは蓄積されないんだ」とこちらもざっくり理解しておりました。
そして「思い残さない」=「良心に従う」=「自分が本当に楽しいと思うことをする」という思い込みがあったので、「楽しみ」に触れない生き方とはどうしたらいいのか分からなくなりました。
「良心」=天命、「わくわくする楽しみ」=エゴという事なのかなと思うのですが、区別がつきにくいと言うか…むしろ「良心」を実感できたことがないので区別の仕様がないというのが現状かも知れません。

ここまでは私が混乱している現状の説明で、長くなってしまい申し訳ないです。
お聞きしたいのは、「人を楽しませる」という天命を持っている人もいるのではないか、その人が創り出す現世における成果物はそれに触れた人の「感激」や「楽しみ」が必然的について回るのではないか、という事です。
虚空蔵様が以前書かれていたユートピアのような世界では、例えば芸術も今以上に花開くというイメージを持っています。その場合にも人々の「感激」や「楽しみ」は生まれると思います。
私の理解が浅いために矛盾に感じているのだと思うのですが、見る人の「感激」無くして芸術は成り立つのか、「楽しみ」無くして他者とのコミュニケーションは成り立つのか、ご教授いただけると幸いです。

日常のコミュニケーションの中で、「共感」が求められる場面は非常に多いと思います。特に女性は…悩みにしろ喜びにしろ「共感」が無いと容赦なく「冷たい人」とカテゴライズされそうなものです。
そこに合わせに行く必要は本来無いのだと思いますが。
様々な湧き上がる感情に触れずに平静でいるという事は、相手の感情に「共感」できない自分になるような気がします。
当然ながら周囲で宇宙全史を知る人はいません。
そんな環境にいる人にとって、「冷たい人」にならずにコミュニケーションを取りながら、平静でいられるようにするにはどうしたらいいのでしょうか?

的外れな考えになっていたら、お手を煩わせるのは忍びないので、その時はご回答はなくて結構です。
的外れな事を言ったのだなと理解いたします。
もし何かアドバイスをいただけるようであれば、よろしくお願い申し上げます。

2018・4・24
麦茶様

あなたが矛盾しているわけではないのです。

ただ精神世界の本当の構造がとても難しいことになっているのです(本当は単純なのですが、色々事情がありまして私たちにはややこしく映っています)。

詳細はやがて出るであろう「エゴ」の本をお待ち頂くことにしまして、ここでは簡単に説明しておきます。


人が泣いたり悲しんだり、はたまた楽しんだり感激したり、喜びに満ちたりという感情の世界にあるのは、大体高校生どまりの境涯になります。
そしてその境涯が間違っているのかといいますと一概にそういうわけではなく、そこにとどまりそこで世界を味わって生きるということは大多数の魂が望んでいることでもあります。

ただそこから「厭離穢土(おんりえど)」というもはやこの世を楽しむことができない存在はそこからの脱却を目指します。
それに真我(実存)という世界が現れて来るのです。

どちらがいいとか悪いとか、上か下かということはないのですが、その魂の方向性とどこまで行きたいのかという欲望にかかっています(これはもうほぼエネルギーの問題になります)。

地上に、あるいは形の世界に、現れの世界にとどまり、そこで楽しみを味わい尽くしたいというのも全然アリなことで、実際その段階の最高点ではあなた方のいうところの神々たちがウジャウジャいます。
あなた達も神になろうと思えばなれるのです。
(しかし神にも色々ありまして、人間のエゴのようなものを持ったまま神として存在するものもあれば、ほとんど真我の存在でありながら慈悲のために神として在る魂もあるのです)

よくよく自分を顧みてください。

もうこの世で楽しむことができないと思っているでしょうか?

もうこの世界ではすべての快楽を味わい尽くして、うんざりだと思っているでしょうか?

それともそういうことをするだけの力もないので、欲望や快楽そのものの実現自体をあきらめてしまっているのではないのでしょうか。
これは「厭離穢土」の境涯とは全く正反対のもので、似て非なる境涯になります。

丁度この辺りのことを「エゴ」の本に書こうとしていますと突然、

「すべての欲望、快楽を味わい尽くして真我に至る道もある」

「その方があなた方はやり易いかも知れないね」

と降ろしてくる存在がありました。
聞いてみると韓非子(かんぴし)という昔の中国の思想家でした。

ところがそのあと一寸ありまして詳細は本の方でお読みになって頂きたいのですが、この問題にはまずクリアしなければならない基本的な認識があります。

例えば、

「感情」とは?

「思考」とは?

「共感」とは?

「芸術」とは?

「そもそも何故この世界を捨てなければならないのか」

そういう疑問を「エゴ」の本は悉く解き放っていくでしょう
(大学に入るということは、この世界からの脱却を目指すということなのです。そこからはもう地上の価値観や常識などは全く通用しなくなるということです)

その完成は今のこの世界の混沌、或いはせめぎ合いの時期を少し外さないと出て来ないかもしれません



虚空蔵55