岩井の本棚 「マンガにでてくる食べ物」 第37回

立ちそば列伝


(図1)
はやさが一番、といってるのに、立ちそば食うのに18分ってかかりすぎ

もうすぐ公開の映画「立喰師列伝」のニュースを読んで一番面白かったのは、 押井守監督がインタビューの中で「ぼくは東京にいるときは、日に一度は立って食べます」「新橋周辺には美味しい立ち食い蕎麦屋がありますので、 ぜひ一杯食べて帰って下さい」と発言していたことです。

多分立ち食いそば屋が舞台の映画、なんて今までも無かったし、これからもまず無いだろうからこれは唯一無二の映画ということになるのでしょうか。
あらゆる角度から都市を切り取る押井監督らしいセレクトといえるでしょう。でもなんか押井監督の童顔は立ち食いそば屋には似合わない気もするけれど。

今はラーメン屋に逆転されたようですが、ちょっと前まで東京で最も多い飲食店は蕎麦屋だったのです。意外ですね。
これはJR駅周辺に立ち食いそば屋が必ずある状況から生まれているのかもしれません。地下鉄や私鉄の駅周辺の多くにも存在しますね。

いうまでもなく立ち食いそばは、時間が無い時でも、食事をあっという間にすますことが出来る、という利便性が最大の売りです。

こち亀69巻、「72時間働けますか!」がモットー、3日間で5分しか眠らないスーパービジネスマンである中川の父、 初登場時にも「はやさが一番だ! 日本に来た時は必ず「立ちそば」だ」 と日本流ファストフードとしての立ちそばを認めています(図1)。

また立ち食いそばといえば安さ。回転しないと儲けが出ません。その為集客が見込める駅やバスターミナル周辺で営業するのが常です。

ところが東京では、独自の発展を遂げ、駅からかなり離れたところに立ち食いそば屋があったり、 富士そばのように24時間営業する立ち食いそば屋が出来たりと、駅の近くとは全然関係ない立地や営業形態ができるようになりました。
これは当然それだけ利用客が多いからそういった営業が出来るわけで、気がついていないだけで東京人のそば好きはかなりのところ「立ち食いそば好き」なのかもしれません。

たとえばぼくの最寄り駅のJR荻窪駅は、駅構内に3箇所、駅周辺に3箇所つごう6店も立ち食いそば屋があります。
駅周辺のマックと松屋と吉野家を足しても5店舗だったりするのに。地方にいたときは、立ち食いそば屋なんて駅の中にしかないものだと思ってたのになあ。


(図2)
いうまでもなく「富士そば」ですね


(図3)
絵はかわいいんだけれどなぁー

立ち食いの客層も中年、おっさんのイメージ強いけれども、夜を過ぎると意外に若い子が多いですね。富士そばなんか女性一人客も多いですよ。

たしか井上三太の「トーキョーグラフティ」の中でも富士そばに行くことを「富士る?」という言い回しで表現してました。
実際の若者は間違っても、まちがっても「富士る」などというこっぱずかしい言い回しは使いませんが、 「ウメー〜〜」といいながらソバ食べてるシーンや店内ダラダラした若い子だらけだったり、店内描写が妙にリアルです。井上三太さんも立ち食い好きなのかしら?

あと主人公がめっぽう立ち食いそば好き、というのでは塩崎雄二「Karen」。
「球速150キロ出たら、富士見そばのかけそば1年分!」と言い出したり、30分でかけそば10杯食べたら5,000円の大食いに挑戦したりしてます(図2・3)。

でもこのマンガ、表紙の絵がかわいいんで読んだら、う〜〜〜ん・・・って出来具合なんで(雰囲気的には末期江口寿史+末松正博+遊人を5で割った感じ)、 ジャケ買いすると涙、になること必定。一騎当千ファンも読まないほうが無難かも。

あと立ち食いそば、っていったら、メニューに自由度が広かったり、食券の組み合わせでいかようにもなるってのがポイント高いですよね。よくやるパターンだと天ぷらそば+玉子、とか。
でも自由度高いっていったって、こういう組み合わせは推奨しませんね。
いずれもぼくが実際に見たパターンだと、
  • きつねそば+いなり寿司・・・油揚げばっかじゃんか。甘辛いの好きな人だなー。
  • カレー+生卵+卓上ソース・・・噂には聞いてましたが本当にやる人がいるんですね。マイルドにしたいんだかしょっぱくしたいんだか判りません。
  • カレー+かきあげ天・・・店の人もビックリして「カレーの上に乗っけますか、それともお皿で?」と聞いていました。
  • 天ぷらそば+肉+わかめ・・・ギトギトにしたいんだかなんだかわかりませんね。欲張りすぎです。

(図4)
男臭さと生卵摂取量は正比例します

いままでのはまあ、ちょっとアレかな、ですむのですが、
ごはん+生卵・・・わずか170円。ふつうのサラリーマンでしたが、よほど金がないんでしょうか。店にとっては迷惑この上ないですね。

あとこれは人から聞いたので実際には見てないんですが冷やしとろろそばに牛丼の具をかけた人がいるとか、 ひとつのそばにちくわ天をみっつのっけた人がいるとか。金払えば自由だっていっても、それはやりすぎですね。

そういった自由度の高いメニューでは、5つ玉子が入った月見うどんを「高円寺スペシャル!」などと称して喰っているのが「刑事が一匹」(図4・きたがわ翔)に登場します。
これ試してみたいんですけれど、あきらかにキモチ悪くなりそうなのと、うどんが冷たくなるのがわかりきってるので、どうもいまいちふんぎれません。

いずれにせよ「最近ろくな物食べてないな、生卵つけようか」とうっかり思ってしまいがちな独身男性思考をエスカレートしすぎた、凶スタミナ食としかいえません。
実際に頼むとしたら500円ちょっとですが、あきらかに500円以上の赤っ恥をかきそうです。

またいままでは早くて安ければ味は二の次だったのが立ち食いですけれど、最近はざるそばのみ生そばを使ったり、ダシも無化調で工夫したり、 うどんとそばの汁を別にしたり、天ぷらを自家製にしたりといった工夫が見えます。


(図5)
ふつう屋号だろ。こんな暖簾、ないよ


(図6)
栗田さん、へええ、ってことないだろ

それがあらわれているのが、美味しんぼ51巻。そばもダシも手作りの店は「まさに究極のメニューのひとつ」(図5・6)とまで言われています。

えっ立ち食いが究極のメニュー? とビックリですが、材料自慢、腕自慢の料理屋は数あれど、安価で数多くの人を幸せにする職人の腕と心意気こそ尊いのだ、 と言う主張には納得する他ありません。

とはいえ、まだまだ立ち食いそばにはレベルの低いところが存在するのも事実。
立地や集客だけで得してる所も少なくないからです。

たとえば今朝、札幌の地下鉄大通駅で食べた立ち食いそばはぼくの今までの立ち食い歴の中でも、一位にランキングされる店でした。

まず汁が、異常に黒い。東京のうどんの汁は黒い、と大阪人がよく馬鹿にしますが、あんなレベルじゃない。 茶色が濃い、んじゃなくて黒が薄くなった印象。
イカ墨スパゲティみたいな黒さでした。もちろん死ぬほどしょっぱいです。だしの味はほとんどしません。

で、天ぷらがこれまた驚愕で、まるくてかきあげ状になってるんですけれど、具がゼロ。本当に全く入ってなくて、コロモが丸い円盤状になってるだけなんです。

色はだからクリーム色、箸でもっても崩れません。
かんでも油の味がするだけでイヤな気分になります。
緑のきつねの3倍の値段で、3倍マズイこの天ぷらそば。道民のみなさんぜひ一度ご賞味下さい。

それでいて、一坪あるかないか、駅の売店と変わりない大きさの店舗に、おばちゃんがなぜか4人もいたのです。
明らかに2人くらい手持ち無沙汰。あの店員密度はなんなのか。謎だらけです。

すごくまずいのですが、たぶん明日もぼく行くと思います。
まずいのに虜になる、なんて立ち食いそば以外にはありえない気がしますね。

「Karen」「こち亀」「トーキョーグラフティ」「美味しんぼ」「刑事が一匹」いずれもまんだらけ札幌店で取り扱いをしています。
本を買って、その足で大通駅の立ち食いそば屋にレッツゴー!

※この記事は2006年2月9日に掲載したものです。

(担当岩井)

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